第38話「距離感ってあるよな」

 いや、確かにわんださんの言葉は正解だ。

 俺達の距離は二十センチもない。

 勉強机の前に、人が二人座っているのだ。

 少しでも動けば、肩と肩がぶつかり合うような、そういうレベルの距離感である。

 意識しないようにしているのだから、そういうのは勘弁していただきたいものである。



「あの、大丈夫?むらむら先生?」

「…………」

「嫌じゃない?ちょっと離れたほうがいい?」

「…………」

「ママ、どうかしたのー」

「お前のせいなんだよなあ」



 ちらと横を見ると、むらむら先生は恥ずかしそうな、熱中症になったみたいな顔をしていた。

 それはそうでしょうよ。

 神絵師で、Vtuberかもしれないが同時に年頃の女の子でもある。

 羞恥心はあるだろうし、もしかしたら嫌悪感だってあるかもしれない。



「やっぱりちょっと離れたほうがいいのか?」

「は、離れたら壁にぶつかるでしょう。このままで大丈夫ですよ」

「大丈夫じゃねえだろ……」

「いやあ、この距離間はとんでもないんですよね。実質付き合っていると言っても過言ではないかと、私は思うんだよー」

「いやいや、そういうことじゃないんだよ」

「いやいや、そういうことなんですよ?」

「え、あ、あう、あの」



 話題変えるか。

 むらむら先生の精神が限界だし。顔はトマトみたいになってる。



「さて、オープニングトークも終わりということでマシュマロを読んでいきましょうかね」

「何かごまかされたような気がするなー。まあでもマシュマロ読んでいくのは賛成かも」

「…………」



 俺はあらかじめ今回の配信用に募集していたマシュマロを取り出す。

 そのまま、読み上げようとして。

 


「あ、あの」

「な、何だ、むらむら先生?」



「わ、私は嫌じゃないですから」




 そうか、彼女は俺の言葉を気にしていたのか。

 嫌がっているのではという懸念は杞憂だよと、伝えたかったのだろう。

 

 それはいい。

 彼女が俺が側にいてもいいと思ってくれて、信頼してくれているということだから。

 本当に嬉しいことだ。



「むらむら先生、ちょっと距離が近すぎやしませんか?」


「むむ、ママ、助手君、一体何をしてるのかな?」

「いや別に何もしてないというか、そんな勘ぐらないでほしいっていうか」

「今私の方から助手君にくっついてます」

「むらむら先生?!」




 自分から言っていくのさすがにストロングスタイルが過ぎませんかね?



「おおおおおおおおおお!」

【うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!】

【わんだちゃんとコメント欄がシンクロしてるの草】

【俺が、俺達が、犬牙見わんだだ!】



 わんださんもコメント欄もあらぶっておられる。

 火に油を注いでいるという言葉がこれ以上ぴったりな状況もなかなかないだろう。



【てぇてぇ、てぇてぇよ】

【これで付き合ってないってマジ?】





「そもそもあれですよ、恥ずかしいと思うから恥ずかしいのであって別にお仕事で一緒にいるわけですし、よこしまな感情がなければ羞恥心を感じるなんてことはないですし、つまりはわざわざ恥ずかしがる必要なんてどこにも存在していないと言いますか。そもそも傍からはやしたてることによって恥ずかしさが増幅されるんですよ。だからこの場合はわんだちゃんたちに非があるのであって」

「むらむら先生、ストップ。いったん落ち着こう」




 顔は真っ赤だし、汗だくだし、サウナにでも入ったのかという状態だった。

 ああ、ちなみに言っておくと配信直前まで冷房をガンガンにしていたので、気温自体は熱くはないはずだ。

 俺もちょっと、いやかなり暑いと感じているが、気のせいだろう。



「あ、す、すみません」

「いや、俺も別に嫌ではないから、たださすがにくっつくのは色々と問題があるから、な?」

「そ、そうですよね本当にごめんなさい」

【嫌じゃないんだねえ】

【これはてぇてぇですよ】

【むらむら先生が一方的に好きと見せかけて、多分助手君からの矢印の方がでかいやつだよこれ】




「いやーてぇてぇを見させていただきましたねー。最高ですよこれは」




 ふんふんと鼻息荒く、語っている。

 どうやらわんださんの中では非常にお気に召したらしい。

 あんまりお気に召したくはなかったのだが。




「じゃあ、今度こそマシュマロ読んでいきますねっ」



 平静に進行しようとして、声が上ずってしまった。

 今度は、月島が俺の袖をつまんでいたからだ。

 どうやらわんださんたちに煽られたことで、タガが外れているらしい。

 まあいいだろう。

 機材操作の邪魔になるわけでもないし。

 何より、こうやって月島に触れられるのは、嫌でも何でもないんだから。

 俺は月島の方を見て、一度だけ頷く。

 顔をパッと明るく輝かせた月島には、それだけで十分だったらしい。



「じゃあ、読み上げをはじめます」

「はい……」



 周りが何を言おうとも、二人で作る関係性が穏やかなものであり続ければいい。

 そう考えながら、俺は読み上げを始めた。


 ◇



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