第37話「がんがん突っ込むわんださん」
二人とも答えないと、放送事故になってしまう。
俺は慌てて答えた。
「ただの仕事仲間ですよ。俺はイラストレーター、むらむら先生の助手ってだけです」
「そ、そうだよ。全然変な関係とかじゃないから」
「本当かな―」
疑わしいと言わんばかりの声を上げるわんださん。
それを聞きながら、ちらりとコメントを見る。
【絶対嘘だぞ】
【いつも配信でイチャイチャしているのに今更だろ】
【カプ厨の一面をいかんなく発揮するわんだちゃんかわいい】
視聴者も、どちらかというとわんださん側の意見が多い。
というか、そんなにいちゃいちゃしているように見えるのか。
せいぜい、雑談したり、一緒にゲームしたり、ご飯を作ってもらって食べたりしているだけなのに。
……なるほど確かにイチャイチャしていると言われても仕方がないのかもしれない。
あくまで仕事なんだけど。
「まあまあ、そんな事実はないよと、いうことだね」
「そうなんだ。一緒に住んでるとかでもないの?」
「…………ええと、その」
「あれ?」
「あの、先生?」
わんださんに悪気はないのかもしれない。
彼女とて、まさか一緒に住んでいるとは思っていなかったのだろう。
とはいえ、今むらむら先生がとったリアクションは非常によろしくない。
そこで固まったら同棲していることを認めることになっちゃうから!
せめて何か言って!
「はっ、べ、別にど、同居なんて、ねえ?」
「怪しいな―」
ようやく口を開いたと思ったらめちゃくちゃうろたえているので余計に怪しく見える。
とりあえず助け舟を出すことにしようか。
「先生、実家暮らしだからな。さすがにそこに俺が割って入るようなことは普通に考えてありえないだろう」
【そう言えば前に言ってたね】
【確かに義母と同居は気まずいもんな】
【助手君お義母さんに頭あがらなさそう】
色々と物申したいコメントもあるが、まあそれはひとまず置いておこう。
「そ、そうですよ。実家でお母さんと一緒に暮らしてますからね、私は」
「あー。確かに実家だと気まずいですよね。いちゃいちゃしてるところに、お母さんが来たら修羅場になりかねませんし」
別にお母さんに見られたらとかそういう問題でもない気がするけど。
そもそも、職場の同僚が一緒に住んでいたらいろんな意味でよくないんじゃないかな?
アイドルだよね、Vtuberの扱いって。
めちゃくちゃ呪いみたいなメッセージとかコメントとかつきかねないと思うんだけど。
実際、ごくまれにそういうコメントやメッセージが届くこともある。
いわゆるむらむら先生へのガチ恋勢という奴だ。
まあ、全部消してるからむらむら先生にはバレてないだろうと思う。
もちろん、数で言えば純粋に楽しんでいるコメントや、俺達が同棲している前提で面白がっているコメントの方が多いのだけれど。
「ていうか、別にイチャイチャしているわけじゃないですからね?」
「そうそう、普通に接してるだけですから」
「いや、それについては反論がありますよ!」
「ほうほう」
間髪入れずにわんださんに突っ込まれた。
オープニングトークとしてはいささか長いような気もするが、まあ会話を回してくれるのならありがたい。
後輩として、先輩の技術を盗むいい機会かもしれないしな。
「まず、私は初配信を観ていました」
「えっ、そうなんだ、ありがとう」
「そして、助手さんが出てきたときに思いました」
「……何を思ったんですか?」
「あっ、これ、付き合ってるわって」
「いや、勘違いだぞ、それ」
【うちのわんだちゃんがすみません…… ¥5000 わんだファンクラブ会員101号】
そのような事実はございませんよ、と。
少なくともあの時は付き合ってなかったし。
あの時はってなんだ。
今後もあり得ないだろう、と俺は内心で自分に呆れる。
そんな俺の内心などつゆ知らず、わんださんはなおも言葉を紡ぐ。
「異議あり!」
「急に裁判始まってませんか?」
その流れだと俺が有罪になってしまうような気がする。
これはよくない。
「いいですか、まず私はむらむらママがVtuberとしてデビューするにあたって幾度となく相談を受けていたわけですよー」
「相談したましたねー。機材とか、私は全然理解できないですから」
「納得だな」
機械について不得手な月島が、そもそもどうやって配信に関する機材をそろえたのか。
疑問だったが、わかってしまえばなんということはない。
企業所属のVtuberであるわんださんなら、機材選びに関しては詳しいはず。
購入の手続きも、もしかすると彼女がやってくれたのかもしれない。
それなら、機械の操作方法も教えてあげればよかったのにと思わないでもないが。
「機材の操作方法も教えようとしたんだけどね、ママから『別の人に教わりたいから待って』って言われちゃったんだよねえ。いやあ、一体誰のことなんでしょうな―」
「ちょ、ちょっとわんだちゃん、恥ずかしいからあんまり言わないでください!」
というか、もしかするとサポートは俺ではなくわんださんになっていた可能性もあるな。
俺が金に困っているのは、むらむら先生にとっても当然想定外。
俺の金銭事情を抜きに打診するつもりだったのかもしれないが、元々わんださんのようなVtuber業界に詳しい人の方が適性が高いはずである。
そういう意味でも元々は彼女が俺のポジションについていた可能性が高い。
……本来なら、そのほうが良かったんだろうけどね。
俺の場合パソコン周りの技術はともかくとして、コンプライアンスとかVtuber業界のマナーとか全然理解できないんだよな。
一応調べてはいるんだけど、そもそもVtuberは生配信をしている以上、一人の配信者について知るだけでも相当に時間がかかる。
ましてやVtuber全体の空気感とか、マナーだとかわかるわけがない。
わからないので、婚約者や友人から聞いたアイドルに関する情報や、自分なりに調べたことを元に立ち回るしかない。
「ところで、俺達の行動の何に異議があったんです?」
「あ、そうだった。相談してもらった際に、防音室に関してもおすすめを教えたわけなんだけどね?」
「ほうほう」
「してもらいましたねー」
【そうだったのか】
【これわんだちゃん自枠でも言ってたね】
そういえば、防音室については全く聞かれなかったな。
いやまあ、訊かれても答えられないんだけどね。
「そして、いろいろ相談に乗ったあげく報告をしてもらったので、防音室がどんなものかも訊いて知っているんだよね」
「なるほどねえ」
「その時、ぴぴんと来たんですよ。あの防音室、本来一人用なんですよ」
「あっ」
むらむら先生がやべっみたいな顔をした。
「お二人は狭い空間に、一緒にいるんですよねえ。これはもう恋人と言っても差し支えないかと」
「うっ」
【ふうん】
【それはそう】
【ちょっと一人用防音室調べたんだけど、めちゃくちゃ狭いんだね】
こいつ、今絶対ににやにやしているんだろうなと思う。
確かに俺たちは初配信の時から、防音室に入っていて、身体がくっつきそうな距離にいるわけだけど。
改めて指摘されるとなんだか急に恥ずかしくなってきた。
「あうう……」
月島なんて、りんご飴みたいになってるし。
◇
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