第35話 Vtuber、犬牙見わんだ

 話は、俺が月島にVtuberに誘われた時のこと。

 何を言われたのかわからなかった。

 脳が疲れて考えるのを拒否していた、とかではなく。



「ぶ、ぶいちゅーばあ?」



 単語の意味が分からなかった。Vtuberってどんなものなんだろう、と。

 人生で初めて聞く言葉だったのだ。



「Vtuberはね、動画配信者の一種だよ」



 彼女は、説明をしてくれた。

 動画配信者とは動画を投稿したり、あるいはライブ配信をしたりして広告収入を得る職業のこと。

 動画投稿サイトに誰かが動画をアップロードする。

 その動画には、広告がついており、広告の再生数に応じて収益が投稿主に支払われる。

 いわば、投稿者一人一人がテレビ局を運営しているようなものだ。



「そこまでは知っているぞ」



 俺も、元々U-TUBEで動画を見ることは多々ある。

ただVtuberなんて聞いたことがなかったのである。



「うーん、実際見てもらったほうが早いかも」



 彼女はスマートフォンをポケットから取り出した。

 つい先ほどまで観ていたハメ撮り動画を思い出して気分が悪くなったが、何とか堪える。

 さすがにせっかくいただいた教え子の手作り弁当を無に帰すわけにはいかないのでね。

「じゃあ、見ていこうか」


 ……という経緯で見せられたのが犬牙見わんださんーー今日のコラボ相手である。

 俺にとっては初めて見たVtuberでもある。



「はい、こんばんけーん、どうも番犬系Vtuberの犬牙見わんだです。よろしくお願いします!」

【こんばんけーん】

【こんにちは】

【かわいい】



 画面に映っているのは、明るいポップな背景と、一人の女の子。

 紺色のブレザーを着ており、茶色の髪の毛はセミロングである。

 そして、最大の特徴は、頭の上に犬耳が、スカートから茶色いふわふわした尻尾が生えていること。

 いわゆる獣人ってやつだね。



「でねえ、その友達がまた徹夜してたらしくて、授業中ずっと寝てるんだよ―。面白いのがさ、寝る気満々で家からお気に入りの枕を持ってきてそれを机に置いてるんだよね」

【めちゃくちゃじゃん】

【そんな生活で大丈夫か?】

【十代だから行けるやろ(適当)】

「だよね、正直友達としてはちょっと健康が心配」



 配信自体は、普通の雑談だった。

 その日あったことを話したり、視聴者のコメントを読んでそれに対して答えたり。

 とはいえ、俺にとっては何もかもが新鮮だった。 



 ◇

 

 そんな第一印象だったので、俺にとって彼女に対する嫌なイメージはない。

 直接会うわけでもないし、何とかコラボすることはできるだろう。



 翌日、月島の部屋で、通話アプリを起動して。

 事前に作ってあったサーバーで、通話を始めた。 



「お疲れさまです」

「こんばんはー!ママ!久しぶり!」



 声の感じは、明るい人という印象。

 配信している時とあまり変わらない。

 裏表のない人なのかもしれないな。

 それなら、月島が心を開くのもわかる。



「今日は、ちょっと紹介しておきたい人がいてさ、いいかな?」

「ああ、助手さんですよね。大丈夫ですよ」



 どうやら、俺のことは知っていて、特に問題ないらしい。

 俺も、口を開く。



「はじめまして。助手と言います。むらむら先生のサポートをしています」



 改めて思うんだが、助手って名前固有名詞感がないよな。

 助手っていう呼称が俺のことを示している感がない。



「あ、はい。こちらこそはじめまして!私は所属Vtuber、犬牙見わんだと申します」

「こちらこそ、よろしくお願いします」



 椅子から立ち上がると、そのままパソコンの画面に頭を下げた。



「助手君、なんで通話なのに頭を下げてるんですか?」

「習慣で……つい」



 社会人あるあるだと思う。

 教師という仕事は特殊で、内に閉じていると思われがちだが、実はそうでもない。

 教科書を販売する書店や、社会科見学や修学旅行などへの連絡、あるいは教育委員会との連携など、意外と学校以外と連絡を取ることも多い。

 そして、通話をしている時は大体頭を下げている。



「ああ、でもわかりますよ。私も頭下げちゃって」

「ですよねー」

「ええっ、社会人だとそういうものなんだね―」



 確かに、こいつは社会人って感じで活動してないもんなあ。

 極論、メールのみでやりとりを済ませることだって可能な職業だと聞くし。

 そういえば昔はメールの使い方もわからなかったんだっけ。



「早速なんですけど、一応NGの確認をしたいんですが」

「あ、はい」



 わんださんから、NGの項目をいくつか教えてもらう。

 といっても、彼女個人というよりは所属事務所の意向っぽいNG事項だった。

 事務所所属の所謂、企業勢らしいといえばそうかもしれない。

 ちなみに、俺とむらむら先生にはNG事項はない。

 しいて言うならば、個人情報や知らない誰かの悪口を言わない、くらいか。

 ただ、それはわざわざ禁止することでもないからね。




「じゃあ、五からカウントダウンではじめますよ。五、四、三、二、スタート」



 俺は、OBSを操作して配信を開始した。

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