第34話 コラボの提案
同居を始めてからも、俺達の日々に大きな変化はない。
俺は、教師として、月島は、生徒として。
月曜日から土曜日までは、お互いの日常を過ごすだけだからだ。
違いがあるとすれば、平日、仕事が終わった後。
あるいは、土曜日の夕方に配信をした後。
「先生、今日は鯛の煮つけですよ!」
「まじかよ、それはめでたい」
夕食が、毎日の楽しみになって。
「お風呂空いたよ……。お湯抜いたから、お前のタイミングで入れ直してくれ」
「ええ、何でそんなことしたんですか?もったいないですよ」
「いや、普通に俺の入った後とか嫌でしょ……」
「全然嫌じゃないですよ。むしろ飲、なんでもありません」
「……?」
くだらない掛け合いが、前よりずっと増えて。
「先生!緊急事態です!」
「またゴキブリか?」
「クモです!」
ちょっとしたピンチを乗り越えたりして。
大切な人と過ごす日々が、こんなにも尊いものなんだって、再確認できた。
だからだろうか、あんな提案をされてもそれを飲めたのは。
◇
同居を始めて二週間がたった。
新生活にも徐々に慣れてきたある日、月島からとある提案をされた。
「コラボ配信、か?」
「は、はい、そうなんです」
コラボ配信。
それは、配信者や動画投稿者がよくやる企画である。
他のチャンネルと共同で配信、動画投稿をするという企画だ。
メリットは二つ。
一つは、単純にお互いのファンに互いを知ってもらえること。
つまり、コラボ相手のファンを、自分のファンに出来る。
手っ取り早く登録者数を増やす方法でもあったりする。
もう一つは、それだけで一つの企画になること。
俺とむらむら先生の会話劇を楽しんでくれる人がいるように、配信者同士の関係性に需要を見出す人が多いのだ。
人と人とのかかわりやつながりには、それだけの価値があるということなのだろう。
「それって、他の人がこの家に来るってことか?」
もし、もう一人この部屋に入ってくるとするならばかなり手狭になる。
部屋のスペースはともかく、防音室的に限界なのだ。
俺と月島だけでも、かなりギリギリなんだよね。
というか、コラボ相手が女性だった場合はどうしようか。
俺、月島以外の異性と一緒にいれる気がしないんだが。
それとも、男性Vtuberなのだろうか。
いや、月島が俺以外の男性と一緒にいるのは嫌だな……。
別に変な意味じゃなくて、安全的な意味でね?
「い、いやそうじゃないんですよ」
コラボ配信とは、あるVtuberと別のVtuberさんがともに配信をすることらしい。
ちなみに、俺は自分のチャンネルを持っていないのでコラボには当たらないようだ。
そもそも、俺はまだVtuberじゃないしね。
立ち絵は貰っているけど、Live2Dはまだ完成してないらしい。
俺がVtuberにおける活動をする上で、まあ別に俺がモデルを手に入れる必要はないだろうと思う。
そして、コラボの方法だが大きく分けて二種類あるのだと、彼女は言う。
「ひとつは、オフコラボ。実際にVtuber同士が直接会って同じ空間で配信をしている。普段の我々が近いわけですね」
「確かに、オフコラボっちゃオフコラボなわけか。それで、もう一つっていうのは?」
「もう一つが、通話アプリを使って遠隔でコラボを行うというものさ。わかりやすく言えば、私達とコラボ相手が電話しているところを、配信するってことなんだ」
「あー、そういうこと」
確かにそれならば、直接会わなくてもいいなら俺でも耐えられる。
「まあ、そういう形式ならいいんじゃないか?少なくとも俺の方は特に問題ないと思う」
教師そしての仕事をする上での経験則だが、電話など、相手がその場に居なければ俺の女性恐怖症は特に発動しない。
そうでなければ、この前の一件も、もっと面倒なことになっていたはずだ。
「質問してもいいか?」
「何でしょうか」
「コラボ相手ってどんな人?」
「ああ、私の娘ですよ」
「え?」
娘?月島に?
「いつの間に、子供が?」
「いえ実子じゃないですよ。バーチャルの娘です」
あ、そっちか。
Vtuber業界においては、担当イラストレーターのことをママと呼ぶ文化があり、イラストレーターから見たVtuberは娘、あるいは息子となるらしい。
その理屈で行くと、俺もむらむら先生の息子ということになってしまうのだろうか。
「俺も月島の子供ってことなのか」
「まあそうですね。ついでに母親が同じだから姉弟ともいえますが」
めちゃくちゃややこしいな。
「…………」
「何?」
「いや、なんでもない!」
「わんださんでしたっけ」
「そうそう、犬牙見わんだちゃんだよ」
以前月島がみせてくれた配信で見たVtuberさんだね。
確か、企業事務所に所属しているVtuberだったはずだ。
「どんな子なんだろう……」
俺はちょっと不安になった。
「…………うーん」
「月島?」
「かなり個性的な子ですね」
「…………」
どうしよう、俺、すごい不安になってきたぞ。
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