第30話 料理配信
「こんばんは、今日は料理配信やっていきます!」
「食べる担当の助手です」
【きちゃ!】
「今日は、カレーを作るから楽しみにしてて」
【了解です】
【愛妻弁当を見守る配信と聞いて】
月島は、可愛らしい女児アニメのキャラクターがプリントされたエプロンと、これまた女児アニメのキャラクターがプリントされた三角巾を頭に巻いている。
なんというか。
「かわいいな」
「えっ、あっ、あう、その」
月島は顔をぽんっと紅潮させる。
彼女がかわいいのは間違いないのだが、しかして今口にしたのはそういうことではない。
「いや、キャラクターが」
「ああ、そっちですか」
おろおろしている月島がなんだか微笑ましい。
小学生みたいだな、と言いそうになって慌てて口をつぐむ。
危ない危ない。そんなことを言ったら、本当に怒らせてしまうかもしれない。
ただでさえ、ちょっとむくれているのに。
もしかしてそのキャラクター、あんまり好きじゃないのかな?
「キャラ自体は好きだよ。これも私が手掛けたものですからね」
「ああ、まあそうですよね」
確かキャラクターデザインの監修をむらむら先生が手掛けていたはず。
もはや日常のいたるところにむらむら先生の影響が及んでいる。
まあ、流石にその名前を女児アニメのクレジットに入れるのはいかがなものかと思うけど。
「今日は私が作るから、助手君はコメント見ながらくつろいでいてくださいよ」
「何か手伝えることはないですか?」
「ありがとう、でも大丈夫だよ。これは私のやりたいことだから。それより機材の調整とかコメントの読み上げとかをお願い」
月島は一度言いだすと頑固だ。
こうなると、言っても聞かない。
「わかった」
よどみなく調理の工程を進めていく。
俺があまり料理が得意じゃないから、羨ましいな。
こういうのは、むしろ婚約者が、とそこまで考えたところで頭を振る。
今は、忘れよう。
「~♪」
料理を作っている人の横顔。
それは本来、婚約者を想起させるもののはずで。
なのにどうしてだろう。
彼女が料理を作り終わるまで、婚約者のことなんて一ミリも考えなかった。
「できたよー」
「お疲れ様、ありがとう」
そういって、彼女がカレールーとライスを入れた皿を、俺がテーブルまで運ぶ。
何もするなと言われたが、せめてこれぐらいはやらせてほしい。
むしろ、今は暇な方が嫌だ。
食器を並べて、二人で向き合って、手を合わせる。
「そういえば、今日お母さんは?」
「今日は打ち合わせがあるとかで、出かけてる」
「そうか」
月島のお母さんは、在宅で働く仕事をしているらしい。
父親がいないため、娘の面倒をみつつ働ける仕事をしたかったらしい、とは月島から以前聞いていた。
なので、二人で食べるしかないわけだ。
ある意味、それでよかったともいえる。
「いただきます」
「いただきます!」
「もし辛かったら、一口だけとかでいいからね。最悪寝かせて明日私が食べるから」
「ああ、寝かしたカレーっておいしいもんな」
でも、食べないという選択肢はない。
それは、配信だからとか食材がもったいないからとかではなくて。
だって、カレーは俺の好物で。
月島もそれを知っていて、だからわざわざ作ってくれているのだ。
彼女の思いを無下にすることだけは許されなかった。
恐る恐る、俺はスプーンを手に取り、口に運ぶ。
「うまい」
「本当!」
ジャガイモやニンジンの煮込み具合も、口の中で程よく溶ける豚肉も、ルゥと調和したライスも、すべてがうまい。
食欲不振気味な俺でも、ちゃんと一皿食べられる程度においしかった。
何より温かい。目の前の相手が作ってくれた手料理が、こんなにおいしいのか。
「なんだか、楽しいね」
「そうだな」
人と向かい合って話しながら食事をするというのが、随分久しぶりに感じる。
実際はそんなこともないのだけれど。
「助手君」
ぽつりと、彼女がつぶやく。
「私と一緒に暮らさない?」
「は?」
【ほあ?】
【プロポーズ?】
【女性がプロポーズしてるのはじめて見たんだが】
【大胆な告白は女の子の特権。はっきりわかんだね】
つい、声が出てしまった。
だがしかし、許して欲しい。
同居しないかなんて提案が教え子の口から出たら、世界中の教師はみんな俺みたいに口をぽかんと開けるに違いないのだ。
「いや、すみません。なんていうかこういうふうに時間を過ごせるの楽しいなって」
「それはそうかもだな……」
なんだか顔が熱い。
カレーのせいだな、きっと。
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