第29話 元婚約者の驚愕

 唯一の親友に無心を断られた私は、それ以外の人にも断られ続けた。

 というか、大半は縁を切りたいとまで言ってきた。

 手助の件が原因なのだろう。

 それはそれ、これはこれだと思うのだが、私がおかしいのだろうか。



「ええと、これとこれと、これを」



 お金がないとはいえ、食べ物は買わなくてはいけない。

 衣食住は、人が生きていくための基本であり、中でも食は特に重要だ。

 母が、私に料理を教えるときによくそう言ってたっけ。

 昔から、料理の腕だけは人から良く褒められた。

 家庭科での授業でも、サークルでキャンプをしたときも、恋人に料理を振舞った時も。

 だが。




「え、ああ、うまかったよ。ああ、洗い物よろしくー」



 彼は、あんまり喜んでくれないけど、仕方がない。

 彼が言うところによると、仕事が行き詰っているらしい。

 それでも家賃や電気、ガス、水道代は滞納していないあたり、よほど貯金はあるということだろう。

 だとしたら、何の理由があって私のお金を勝手に使ったんだという話になるが。



「それにしても、もう来るだけで疲れた……」



 ここは、私と彼の部屋から少し離れたスーパーである。

 そのため、片道を歩くだけでも正直めちゃくちゃ疲れる。

 何でそんなことをわざわざするのかと言えば、このスーパーの特売がめちゃくちゃ安いからだ。

 ちょうど手助のアパートから近くて、同棲していた時にはお世話になったっけ……。



「あれ?」



 手助だ。

 いや、彼がここにいるのは理解できる。

 買い物担当は彼だったから、手助にとっては庭のようなものなのかもしれない。

 どうしようか。

 いや、どうすべきかはわかっている。

 さっさと会計を済ませて、この場を離れるべきだ。

 これは私のミス。

 手助がここを使う可能性があるということを、考えていなかったという話。

 今後、彼に鉢合わせるリスクを考えればこのスーパーは二度と使えないと思っていいだろう。

 私は、彼の視界から逃れるためにその場を離れようとして。



「すみません!お待たせしてしまって」

「いやいいよ別に、ところで何買ったの?」

「本屋で好きなラノベの新刊があったので……」

「じゃあ仕方ないな、ってならないからな?」



 彼の側に駆け寄ってきた人物を見て、足が止まった。

 女だ。

 それも、間違いなく若い。

 二十代前半、いや違う、十代だ。

 女子大生か、あるいはというところ。

 そして、とてつもなくかわいい。

 仕事柄、美容には詳しいからこそわかる。

 大人しめの髪型と服装でまとまっているが、それでも隠しきれないほどの可愛らしさがにじみ出ている。

 艶のある黒髪、宝石のような瞳、すっと通った鼻筋、カタチの良い主張しすぎない唇。

 メイクしているが、あくまで最低限、最小限で素材の良さを十全に引き出している。

 アイドルやタレントを見ることはあるが、そういった人間と比較してもなお引けを取らない美少女だと、断言できる。

 そんな子が、手助と親し気に談笑している。

 そこから、私は目が離せなかった。



 いや、別に動揺するほどのことじゃない。

 彼にだって異性の友人知人くらいいるだろう。

 たまたまスーパーでばったり会って、立ち話をすることだってあるだろう。

 だから、特に気にするようなことはないはずで。



「じゃあ、行きましょうか?何が食べたいんですか?」

「うーん、やっぱりカレーとか?」

「お、いいですね。お肉とシーフードどっちの気分です?」

「うーむ、悩ましいから両方買っちゃった。お前の好みは?」

「いやあ、ダメですよ、今日は私の好みは問題じゃないので」



 二人は、つれ立って歩いていく。

 



「じゃがいもとにんじんは外せないですよね!」



 その姿は、まるで新婚の夫婦のようで。

 


「浮気じゃないの!許せない!」



 私は、スマホであわてて証拠写真を撮ろうとして。



「え……」



 ちょうどかかってきた電話によって、その行動をキャンセルされた。

 


「お母さん?」



 実家を出てからあまり連絡を取っていなかったというのに、どうして? 

 まさかとは思うが、もう手助とのことがバレている?

 私は怖くなって、スマホの電源を落とした。

 気が付くと、手助の姿はどこにも見えなくなっていた。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る