第27話 ちゃんと食べてる?

 それは、金曜日の昼休みだった。



「先生、ちょっといいですか?」

「月島?」



 俺達は、学校ではあまり会話をしない。

 まあ、一生徒と教師の関係にすぎないからね。

 仲がいいことを知られると、あらぬ誤解をされかねない。

 実際は、ビジネスパートナーでも、それを誰かに教えることもできないからなあ。



「ここだとまずいな、ちょっと移動してもいいか?」

「え、ええ」



 教員用の休憩室というのが、学校にはあったりする。

 職員室とは違って、原則生徒は立ち入り禁止だったりするが、まあバレなければどうとでもなる。

 俺は、ソファに腰掛ける。

 月島も、俺のすぐ隣に、密着するような位置に腰掛ける。

 距離の近さに戸惑いはしたが、努めて表に出さないようにしながら訪ねる。



「それで、何かあったか?」

「ええと、その」



 月島が、ごそごそと鞄から弁当箱を二つ取り出して。



「一緒にお昼を、と思いまして」

「え、どうして?あ、いや、ダメとかではないんだが」



 俺と彼女が一緒に食事をすることは、ほとんどない。

 そもそも、俺と月島のかかわりの大半は中学時代に引きこもっていた彼女の自宅で色々と話したことだけだ。

 こうして学校という場で話すのだって滅多にない。



「先生、ちゃんとご飯食べていますか?」

「うん?」



 俺は言葉に詰まってしまった。

 それは、急に理解できない、わけのわからないことを言いだしたから、ではない。

 むしろその逆だ。

 図星をつかれたがゆえに、何を言葉にすればいいのかわからないのだ。



「やっぱりわかってしまうか」

「ええ、わかりますね。それだけ顔色が悪ければ。あと、友達も言ってましたよ。見るからにやつれているけど大丈夫なのかなって」

「そうなのか……」



 心労があったことを知っている月島はともかく、事情を一切知らないはずの人にまでそんなことを言われているとは夢にも思わなかった。



「……まともに食事がとれないんだよ。どうしても喉を通らない」

「そうだったんですね……」



 同棲を始めてからというもの、料理は婚約者の担当だった。

 俺が料理が苦手だったこと、彼女が料理以外の家事があまり得意ではなかったことで自然とそうなったのだ。

 食事と言えば、彼女という風に連想し、考えてしまうほどに。

 だから、食事ができない。

 彼女のことを、否が応でも思い出してしまう。

 水やジュースくらいなら飲めるが、固形物は全部だめ。

 ゼリー飲料くらいならまだぎりぎり飲み込めるけど、それも大量には飲めないからどんどん体重が減っていったような気がする。

 例外は、あるのだが。



「食べようとするたびに、全部の思い出がよみがえってくるんだ、だから食べられないんだ」

「一口でいいんです。食べてみてくれませんか?たぶんたべられる気がするんです」

「それは……」



 多分、間違っては居ない。

 月島が作ってくれさえすれば俺はなんでも食べられる。

 実際にそうだったから。

 彼女の料理だけは、彼女だけは、特別なのだ。

 


「自信があるんだな」

「もちろんですとも、私は機械以外なら何でも使えますからね」

「いや、機械も使えるようになってくれよ」

「あはは、じゃあ、食べていただけませんか?」



 ううむ、圧が強い。

 せめてOBSは単独で使えるようになってくれないと負担が結構大きい。

 まあ、その分のお金は貰っているから別にいいんだけど。



「だめだ」

「え、でも」

「ともかく、お前のそれは受け取れない。なんでもかんでもやってもらうわけにはいかない」



 教師の威厳がとかではない。

 俺は、別に教師に威厳はなくてもいいと思っている。

 けれど、この子に何もかも依存してはいけない。

 そうなったら、月島に負担が大きくなりすぎる。

 ただでさえ仕事の世話をしてもらっている状況なのに。


「少なくとも、校内でそこまでしてもらうわけにはいかない」

「わかりました」



 適切な距離感を保つためにも、ここは断らなくてはいけない。



 ◇



「そう思っていたんだがなあ……」



 土曜日の昼すぎ、俺の家には俺以外の人間がいた。

 


「和食と洋食どっちがいいですか?」

「いやあの、月島、なんでここに?」



 一時間ほど前、仕事が終わって。

 チャイムが鳴ったと思ったら、月島がいた。

 さすがに家にあげるのはと思ったんだけど、「前にも上がりましたから」と強引に押し切られてしまった。

 あまり男性の家に出入りすべきではないと思うんだけど。

 悪い男に騙されないかが心配だよ。



 さて、彼女は俺の部屋に上がり込むなり埃まみれの室内を掃除してくれた。

 そしてそれが終わった今、俺の食事を作ろうとしてくれている。

 正直気持ちは嬉しいが、そこまでしてもらうわけにもいかないとも思う。




「あの、先生」

「なんだ?」

「食材がないです」

「あー」



 最近、ろくに食べてなかったもんなあ。

 何もかもが嫌になって全部食材とか捨てた記憶がある。

 一応ゴミ捨てとか掃除とかはちゃんとやってる。元々俺の担当だったというのもあるけど。

 逆に婚約者の領分に触れるのは、嫌だ。

 思い出したくないことを、全部思い返してしまうから。



「じゃあ一緒に、スーパーに行きましょう!」

「えっ」



 それはまずくないですか?

 月島は制服を着ていても中学生、私服であれば小学生にも見えてしまうほどに外見が幼い。

 そんな彼女と俺が外で一緒に買い物をするのは問題があるのでは。

 そもそも見た目以前に成人男性と女子高生が、教師と生徒がそんな場所に一緒に行くというのはよくない、という話もある。

 しかし、俺一人で買い物に行ってこの子を待たせるのもな。

 ましてや彼女一人に買わせるのなんて論外だし。



「いや、そこまでさせるのも悪いし、大丈夫だよ」

「嫌です。このままでは先生の健康によくありません」

「…………」



 反論は出来なかった。

 正直、あれからほとんどまともに食事を家でとっていない。

 この家に帰るのも、本当は嫌なのだ。



「いや、さすがにプライベートでそこまで世話になるわけにはいかんだろ」

「じゃあ、理由があればいいんですよね?」

「え?」

「正当な理由があれば、私が先生に改めて料理を振舞ってもいいんですよね?」

「え、ああ」

「料理配信をやります」



 月島はドヤ顔でそんなことを宣言した。

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