第24話「元婚約者の喪失」

「お金がない……どうしよう」



 私は、彼にお金を使い込まれてしまった。

 悪いことは何もしてないのに、理不尽な話だ。

 とはいえ、できることは限られている。

 お金がない時、やるべきことは支出を減らすか――収入を増やすか。



「こうなったら、借りるしかない」



 まず、頭に浮かんできたのは両親の顔。

 しかし、それは難しい。

 二人とも厳格で、お金を貸してくれない可能性が高い。

 おまけに、彼らは、私がまだ手助と同棲していると思っている。

 だから無心すれば、手助はどうしたと訊かれるだろう。

 最悪、私の浮気がバレる可能性がある。

 藪をつついて蛇を出すような真似はできない。



「と、なればあの子しかいないわね」



 私にとっての一番の親友。

 手助のことも知ってるから、バレる可能性がないとは言わないけど、そこは何とかなるでしょう。



 何度か電話をかけると、親友は通話に出てくれた。



「もしもし、私だけど」

「何の用?」

「ええと、実は相談したいことがあるんだけどね」

「相談したいこと?それって何か言いづらいことだったりする?なんでも正直に言って?」



 ああ、やっぱりこの子は本当に優しい。

 高校のころからの付き合いだけど、私は本当にいい友達を持ったと思う。

 いくら余裕がなくて切羽詰まっているとはいえ、いきなり電話をかけてきた相手に対してここまで優しく接することができるのは、一種の才能だろう。

 私には無理だ。



「実はさ、色々あってお金がないんだよね。それで、ちょっとお金貸してもらえないかな?」



 いける、という確信があった。

 彼女にお金を借りたのはこれが初めてではない。

 そしてそのたびにきっちりと全額返済してきた。

 信用だってあるはず。

 今月さえしのげれば、どうとでもなる。

 


 私は、そう思っていた。



「ふざけてるの?」

「え?」



 だから、そう言われた時、聞き間違いかなと思った。

 そこで、気づく。

 彼女の口調が、ぞっとするほど冷たいものだったことに。

 きっと、顔を見ていたら気づいていたに違いない。

 声だけだったから、気づけなかったのだ。

 だが、彼女の口から出る言葉は、私の予想を超えていた。



「私、日高君から聞いてるよ?全部」

「っ!」



 予想していなかった。

 両親から特に連絡が来なかったから、まだ誰にも言ってないんだろうと勝手に思い込んでいた。

 


 思い出す。

 そもそも、彼女と手助は同じ職場の同僚で――友人だった。

 彼女と手助が共同で開催した合コンで私と手助は出会い、付き合うことになった。

 つまり、彼女と手助は繋がっており。

 私が手助を裏切り、浮気をして出ていったことも知っている。

 何らかの事情で私の両親にはまだ言えていないが、職場には伝えているということだろう。

 ……スマホが壊れたの?


 なおも、親友の口撃は続く。



「前々からちょっと派手好きだなとは思ってた。でも、今回のこれはそういう次元じゃない」

「ま、待って、あれは違うの!」

「何が違うの?証拠だってあったんだよ?」



 証拠?

 証拠って何のこと?

 手助が逃げている間に服とかシーツは処分したはずだし、彼の家を手助が知らない以上は私達を捕えている間にも

 ひょっとして彼に言われて置いてきた通帳だろうか。

 しかしあれは残高がないことを示すものであって、私達の浮気の証拠にはならないはず。

 わけがわからない。



 しかし、一つだけわかることはある。

 この子は、いつだって私の味方だった。

 私が酔いつぶれた時は解放してくれたし、私が大学時代に彼氏に振られた時には朝まで慰めてくれていた。

 そんな親友と言える存在を、私は失ってしまったということだ。



「ともかく、もう連絡してこないで。貴方がどうなろうと、もう私には関係ないから」

「そ、そんな」

「ああそれと、私以外の子たちにも、もう連絡とかしない方がいいよ?」

「……へ?」



 言われた意味が、まるでわからなかった。



「なんで?」

「なんでって、それは私が周りに広めたからだよ。こうでもしないと、貴方は手助君に落ち度があって別れたっていう嘘をばらまくでしょう?」

「そ、それは……」



 親友が言ったことは、ぐうの音も出ないくらいの正論だった。

 実際、私は手助の浮気で別れたことにするつもりだった。

 今、彼と一緒にいるのは手助に浮気された後に、彼と結ばれたとしても不自然ではない、ということにするためのアリバイ工作。

 時間稼ぎである。

 タイミングを見計らって、友人や両親にあることないこと吹き込むつもりだった。

 完全に先手を打たれたともいえる。

 

 


「さすがに、友人がやってもいない罪を押し付けられるのはかわいそうだからね。ちょっとおせっかいかもしれないけど、大学時代の友人知人には拡散してあるから。誰に援助を頼んでも断られると思ったほうがいいよ。そもそもお金貸してなんて言われたら縁切られても不思議じゃないしね」



「じゃあね。私、貴方が本当のことを言ってくれたら、お金だって貸すつもりだったよ」

「待っ――」




 そこで、通話が切れた。

 その後、何度かかけ直しても、通話は繋がらない。



 大学時代や高校時代の友人にもメッセージを送ったが、ほとんど既読すらつかず。

 私は、多くのものを失ってしまったことを自覚するのだった。


 


 ◇



 私の名前は水野京子という。



 最近の悩みは二つ。

 一つは、彼氏ができないこと。

 正直、25になりかなり焦っている。

 このままでは結婚できるかわからない。

 いっそお見合いでもしたほうがいいのだろうか。

 まあ、それはいい。



 もう一つの悩みは、友人のこと。

 親友だったあの子と、同じ職場の同僚兼友人である日高手助君。

 ある日、彼が突然無断欠勤をやらかした。

 日高君が一度だってそんなことをしたことはなかったので、かなり驚いたし、心配になって元親友に連絡した。

 しかし、彼女は電話に出ず。

 日高君にも一応かけてみたが、やはりつながらない。

 よもや事故か、と心配していた翌日の土曜日、彼は出勤してきた。

 余程辛いことでもあったのだろうとわかる。

 端的に言えば、死んだ魚のような目をしていた。



 彼の口から、あの子が浮気をして、全財産を持ち逃げしたと聞かされた。

 その時は証拠を見せてもらったわけではなかったが、あの子ならやりかねないと思った。

 日高君と付き合い始めてから、おとなしくなったと思っていたのに……。



 さらに、ついさっき、証拠があるのかと聞いたところあの子と浮気相手の動画が送られてきた。

 許せないと、強く思った。

 私は、情報を彼女の友人に広めた。

 これで、日高君が悪者にされる展開だけは防げるはず。

 


「これが、償いになればいいんだけどね……」



 かつての親友を、可愛そうな同僚に紹介してしまった罪滅ぼしを。

 それが、今の私にとって一番の望みだ。

 


 ◇◇◇



 ここまで読んでくださってありがとうございます。

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