第23話「爆死しても骨くらいは残るのかな」

 百連目を回す。

 俺も月島も、実に三万円分消費したことになるわけだが。



「うーん、また虹が出ません。もしかして、さっきの波が途切れちゃったんですかね?」

「俺も最低保障だよ。今日最低保障しか引いてないような……」

「半分超えてまだ一枚も虹引けてないの、相当下振れてますよねえ。本当に、何買ってもらえばいいんだろう。あの、本当にアクセサリーとかでもいいですか?」

「まあ、先生のリクエストなら大丈夫だけど……。流石に炎上しないか?」

【見せて】

【炎上しないよ、むしろ見たい】

【ご祝儀はここに置いとけばええんか? 3000¥】



 まあ、少なくとも今見てくれているファンの方の反発はあまり考えなくていいか。

 


「よし、もし付けたら真っ先に助手君に見せてあげますからね!」

「今思ったんだけど、視聴者の皆さんは見れないんですよね」

「うーん、手元とか首元だけ映すとかならワンチャンありますかね?」

「反射とか諸々のリスクがあるのでダメ」

「くうん……それはそうですよね。あ、でも写真とかを撮って、確認してアップすればいいのでは?」

【くうんかわいい】

【もはや助手君が負けるの前提で話してて草】



 百三十連。

 またしても、むらむら先生のガチャ画面には、虹色が表示される。

 しかも、二枚も。



「よし、ついにきた、ついにきたこれならいけるはず」

「むらむら先生二枚虹か、いやあこれはすさまじいなあ」

「ねえ助手君、もう諦めモードに入ってない?まだどっちが勝つかとかわかってないよ?」

「だってもう百三十連中百三十連全部最低保障だぞ?誰か確率を算出してほしいんだけど」

【確かにここまでの爆死は見たことがない】

【むらむら先生の方は笑える爆死なんだけど、助手君の方は見てて胃がキリキリしてくるタイプ】

【人生初ガチャがこれはもう二度とソシャゲやらんだろ】

【声が虚無になってる、まあ無理もないけど】



 さて、結果はいかに。



『ハーイ!お久しブリです!いえ、はじめまして!ブリです!』



 ぼすんっ、という弱弱しくも荒々しい音がした。

 むらむら先生、というか月島が机に拳をたたきつけたのだ。いわゆる台パンである。

 月島、今のマジでキレただろ。

 大丈夫か?



「え、えっと、むらむら先生、大丈夫、か?」

「い、いや、大丈夫ですとも。そもそもまだもう一枚あるんですよ」

「そうだよ、全然いけるいける。あと、台パンは手を傷めるのでやっちゃダメだぞ?」

「わかってますよ!今度はいける気がします」



 今回は、虹色の魚が二体いた。

 一体はすり抜けかもしれないが、二体目ならピックアップキャラが出るはず。



『ハーイ!お久しブリです!いえ、はじめまして!ブリです!』



 ばんっ。

 さっきより強い音が響いた。



「むらむら先生!台パンしちゃダメだって!」

「だってええええええ!この機械絶対壊れてるもん!」

「気持ちはわかるけど!俺も同じ気持ちだけど!落ち着いてくれ!」



【もんっていうの可愛い】

【これもうブリ完凸したんじゃない?】

【性能的には人権オブ人権だから羨ましいんだがなあ】

【対人戦に参加してほしいな。これなら全然勝てるぞ】

【助手君の爆死がかすむレベルで先生が面白すぎる】

【これ慰めてる側の方が悲惨なのやばいだろ】



「そういえば、まだ助手君引いてないじゃないですか」

「あ、スキップするの忘れてた」



 何しろ、ずっと月島が台パンしないように見ていたからな。防げなかったけど。



「ずっとむらむら先生の方見てたんで」

「へあっ」



 さて、もはや虚無を通り越して解脱する心境で俺の画面を操作する。

 とはいえ、安堵している気持ちもある。

 一つは、こうして辛いことを経験することで他の嫌なことが薄れていくような気がするから。

 もう一つは、これで俺がさくっとピックアップキャラを引いてしまったら、むらむら先生の立場がないから。



「さて、スキップスキップ、とあれ?」

「うん?」



 一匹だけいた、最低保障の金色の魚。

 それが、虹色に輝き始める。



【あれ?】

【これって】

【昇格!】



 昇格というのは、ガチャにおける演出の一つであり、文字通りガチャで出るレア度が途中で上がる、という演出である。

 実際には、ガチャのボタンを押した時点で結果は確定しているのだが、まあ言うまい。

 昇格という演出はまれにしか起きないし、レア度だけで言えば普通に最高レアを引く確率と比べてはるかに低い。

 スキップという機能は便利だ。

 ソシャゲの演出を全部見ていては、時間がいくらあっても足りない。

 だから、楽しく心地よくプレイするために、スキップというシステムを採用しているソシャゲがほとんどであり、この『魚娘アクアパッツァ』というゲームもそうである。

 それは、今まで一度も見たことのない演出はスキップできないというもの。

 何も考えずにスキップしていたら新しい演出を見逃してしまった、という悲劇を避けるためのものである。

 つまり、それが意味するのはなにか。

 俺は、これから起きる演出を、一度も見たことがないということであり。



『情熱の夏!水着の夏!マダイの夏!』



 ピックアップキャラが、水着マダイが出る可能性があるということだ。

 モチーフとなった魚に由来する、水にぬれた赤い髪がよく映える。

 水着もまた、髪と同じく派手な赤いビキニであり、そこからこぼれそうなたわわが二つ主張している。

 そんな水着マダイに対して俺が発したのはたった一言。

 


「えっど」

「あああああああああああああああああああ!なんで、助手君の方で出るんだよ!」



 がくがくと月島が俺の胸倉をつかんで、がくがくと揺さぶってくる。

 気持ちはわかるんだけど、距離が近すぎる。

 いやな気分にはならないんだが、近すぎると風紀的にもよくないし、配信の空気的にも多分よくないと思う。



「お、落ち着いてくれよ」

「勝負ついちゃったんだけど!」

「ああ、配信の取れ高がもう終わっちゃいましたね。どうしましょう」



 ちらりとコメントを見ると。



【うおおおおおおおおおおお!昇格最高!】

【いやいや最高の配信だったよ】

【むらむら先生が二枚連続すり抜けからの、助手君昇格で勝利は熱すぎる】

【切り抜き確定】

【えっどは草】

【もう終わってもいいんだよ】

【確かに決着はついたよな】



「まだ終われないよ!だって私まだピックアップ引けてないんだよ!」

「じゃあ、せっかくですし二人とも天井までは引きますか?」

「うん、これはもう引き下がれないから」



 140連。



「ううん、二人とも金と銀だけですか」

「まあ、お互いさっきの豪運のしわ寄せが来てますね」

「豪運だったの助手君だけじゃないですか?」



 いや、二枚抜きも中々にすごいことなんだけどね。

 あと、ブリ完凸は普通に羨ましい。俺まだ一匹も持ってないし。

 160連。



「うわ、金がめっちゃ来てる。これの一枚でも昇格すればまだあるのでは?」

「確かに六枚あるから全然チャンスが――なかったみたいだね」

「お願いだから憐れまないでください!」



 そして、180連。

 あと少しで天井というところまで、ガチャは進んでいき。

 


「まだです、まだ終わりませんよ」



 190連。



「はっ、はっ、はっ」



 200連。

 あ、俺の画面が虹色に。



『たっく、水着なんて……全然尖ってねえよ』




「おっ、カジキマグロ引けた。まあ完凸とかはじっくり時間かけてやればいいかな」

「…………」

「むらむら先生?」

「…………」

「えっと、マジで大丈夫?」

「助手君――」



 天井という名の最高到達点に辿り着き、死んだ魚のような目になった月島は。

 すっと俺の方に体を向けて、腕を突き出してきた。



「――ハグしてください」

「は?」

「ハグして、なんかもう辛いです」

「――」



 あかん。

 ショックで幼児退行してしまっている。

 配信に月島母を呼び出すわけにもいかないし。

 救いを求めてコメント欄を見ると。



【うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお】

【えんだあああああああああああああああああああ!】

【プロポーズやん】

【ご祝儀です 5000¥】



 コメント欄が、かつてないほどの爆速で動き出した。

 ていうかまずい。

 これは、控えめにいっても放送事故では?ここを切り抜ける唯一の方法は。



「はい、配信終わりまーす!」

「助手君、ハグは?」

【逃げるなあ!】

【炎上リスクを全力で回避してて草】



 俺は配信を切るという選択をした。

 この配信は、未だかつてない程に再生され、切り抜き動画は何十本と作られたらしい。

 チャンネル登録者数もいつのまにやら三十万人に達していた。


 ◇



「本当にすみません……」

「いやいいよ、ガチャの結果が悲惨すぎて甘えたくなる気持ちはぶっちゃけわかるし」

「それに……」

「それに?」

「克服は、ちゃんとできたから」

「……?」



 少しずつ前に進みたいと思うから。

 俺は、RINEを起動した。

 伝えるべきことを、伝えるために。

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