第18話「元婚約者の憤怒」

「ない」


 私は、足元が崩れたような感覚を味わっていた。

 独り言が口から漏れる。



「ない、ない、ないないないないないない!」



 周囲にいた人たちが奇異の目で私を見てくる。

 恥ずかしいが、無理もないだろう。

 なにしろ私がいるのは銀行。

 ATMの前である。

 お金を下ろしにきた人や入金しにきた人がごった返している。

 けれど、仕方がないではないか。


「どうして、ないの?」



 誰だって私と同じ状況になれば同じように感じ、同じ行動を取るはずだ。

 私はブルブル震えながら自分の通帳の残高を確認する。

 そこには0の文字だけがあった。

 ありえない。

 つい最近まではそれなりの額が貯金されていたはずだ。

 手助のお金も振り込んだことを考えれば一年くらいは問題なく過ごせたはず。

 それがこの短期間でゼロになるなんて!

 心当たりは一人しかない。



「出なさいよ……」



 私は彼に電話をかける。

 1コール目、出ない。

 2コール目、出ない。

 3コールしてから、ようやく出てくれた。



「もしもし」

「ねえ」


 私の口から出てきた声はゾッとするほど冷たかった。

 あの日見つけたはずの、真実の愛などというのはもはやどこにもないのだなと思い知らされる。



「何?」

「私のお金、勝手に使った?」



 私の預金通帳は、ここ一週間ずっと彼の家に置いていた。

 つまり、お金を引き出すチャンスがあったのは私と彼の二人だけ。

 であれば



「あー」


 電話越しにも彼が何か考えて、言い淀むのがわかった。

 多分煙に巻こうとしているのだろう。



「使ったよね?」



 私は逃げ道を塞ぐべく、念押しした。



「あ、うん、使ったよ」

「信じられない!人のお金を勝手に使って……しかも私一文無しになったんだよ!」



 他人のお金を盗んで一文無しにするなんて、人間としてありえない。

 ただの犯罪者ではないか。

 もはや私には、彼が狂っているとしか思えなかった。

 



「それで、何に使ったの?」


 貯金していた額は決して少なくない。

 いつものようにパチンコで使い切れる額ではないはずだ。



「うーん、後で話すからさ、一旦通話切っていいかな?」

「はあ?」


 またしても理解不能な発言。

 が、一瞬考えて私には彼の考えが理解できた。

 要するに、彼は逃げるつもりなのだ。

 この場でうやむやにして、次に追及されてもまた



「今ここで、話してよ」

「わかったよ。実は投資に使ったんだ。いやあ、ちょっとした誤算があってね……」「誤算?」




「誤算って何なわけ!」

「いやあ別に大したことじゃなくて」 

「ていうか、私のお金を勝手に使って今後どうやって生活するつもりなの?」



 私のお金を盗んだことも、人間として絶対に許せないが。

 それ以上にもっと大事なことがある。



「貴方言ってたわよね?僕はお金持ちだから僕と一緒にいれば生活に困ることはないって」

「えー、そんなこと言ったっけ?」

「言ったわよ!」



 なのに現実はどうか?彼は仕事にも行かず私にパチンコ代をせびり、挙げ句の果てに私の銀行口座から勝手に引き出しているではないか。


「そもそも今貴方はいくら持ってるの?」



「いやいや、こう見えてかなり余裕はあるよ?俺、もてるし」

「嘘つかないでよ!」



 彼に対してわずかに残っていた信頼がボロボロと崩れ去っていくのがわかる。



「いやいや、逆に聞くけどさ、俺の住んでるマンションってお前がいたぼろいアパートとは比べ物にならないくらいい所なわけじゃん?その時点で俺がどんだけ金持ってるかってことに気付きなよ」

「それは……」



 言われて、確かにそうかもしれない、と一瞬思ってしまう。

 そもそも、私は彼のそういう男らしさに惹かれて彼を選んだのだ。

 手助も悪くなかったが、男性としての甲斐性という意味では遥かに彼に対して劣っていた。

 だから、私は何も間違っていないはずで。

 私の理想は、もうすぐかなうはずで。



「あと一馬身伸びてればなあ」



 ボソリとそんな声が私の耳元に響いた。



「一馬身って、何?」

「あ、えーと」

 


 投資については私も知っている。

 手助が結婚後の資金を見据えてまじめに勉強しているのを知っていたから。

 結果的に、確か投資はしないでおこうという話になったはずだが。

 だから、わかる。

 投資において、馬身などという表現は使わない。

 使うのは、別の時だ。



「競馬場にいるの?」

「あ、えーと」

「いるのね?」



 要するに、彼は競馬場で私のお金を使い込んだのだ。

 投資だなんて真っ赤な嘘でしかない。

 もしかしたら、今いるマンションだって、誰かから盗んだお金なのかもしれない。

 人から金を盗んでおいて、それで生きていこうだなんて不誠実にもほどがあるではないか。

 恥を知るべきだ。



「いい加減にしてよ……」



 手助の分も含めて、私の貯金はゼロ。

 ほぼ一文無しになってしまった。

 これからどうしたらいいの?

 何で私がこんな目にあうの?



 ◇◇◇



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