第17話「好きなところはいくらでも言える」

【お互いの好きなところを教えてください】

「だ、そうだけど、むらむら先生何かあるか?」

「うえっ」



 急に、声を上げる。

 何を動揺したのか、手元がぶれて綺麗な絵に一本線が入ってしまう。

 というか、顔が赤いな。大丈夫なのか?体調悪かったりするんだろうか。



「そ、そうだね。結構相談とか乗ってくれるところ、ですかね、はい」

「めちゃくちゃどもってるけど大丈夫そう?」

「だ、大丈夫ですよ。アハハハハハ」



 この質問まずかったのかな?

 手が止まってるし、目は泳いでるし。

 顔はどんどん赤くなってるし。



「せ、助手君は何かあるんですか?私の好きなところ」



 どうやら、話を変えたいらしく、私に話題をふってきた。

 別にいいんだけど。



「そうだなあ、色々あるけど。まず、好きなものに対して打ち込めること」

「ほ、ほほう」

【ほうほう】

【へえ】

【まあそうじゃないとイラストレーターなんてやらないよね】



 好きなものに打ち込める人は好きだ。

 野球でも、イラストでも、なんだっていい。

 ああそうだ。

 自分が親や友人から応援してもらったように。

 俺もそれを応援したいと思ったから、教師になったんだ。

 教師として生きていく中で、この子に出会って。

 それで、今がある。



「あとはそうだな。繊細で、優しい子なんだよね。私が色々あって経済的に困窮しているってなったときに、こうして手を差し伸べてくれるし」

「い、いえいえ」

【照れてるじゃん】

【かわいい】

【優しい世界じゃん】



「他には、絵を描いている時の横顔が、さっきから見てたんだけどすごくカッコいいよ。みんなにも見て欲しいくらいだな」

「…………」

「あの、黙らないで、何かしらコメントしていもらっていいか?あと、顔真っ赤だけど、大丈夫か?」

【てぇてぇ】

【自覚してないのか、だがそれがいい】

【恋愛的にどう思ってるんです】



「恋愛はねえ、色々あって今はちょっと考えられないんだよね」

「え、あー、うん、大丈夫ですか?」



 色々と察したむらむら先生が、心配そうな顔で訊いてくる。

 問題ない、とハンドサインを送ってから話を続けた。



【うん?】

【トラウマでもあるのか】

「過去っていうか、つい最近付き合っていた人に浮気されてなおかつ全財産持ち逃げされたんだよね。なので、家賃払うためにこの仕事もやっているって感じ」

【えっ、最悪じゃん】

【うわあ】

【ひえっ】

【そんな奴いるのか】

【かわいそう過ぎない?】

【よく立ち直れたね】



 なんだかコメントが加速した気がする。

 視聴者たちに、人の不幸を喜ぶ傾向があったから話したんだけど、よくなかっただろうか。

 やはり、美少女でないとダメなのだろうか。

 俺のVtuberとしての見た目、かなり美化されてるけどそれでも普通に男性だからなあ。

 ここは話をさっさと切り替えるに限る。



「そんなわけで、暫く恋愛のことは考えられないし考えたくないって感じですね。むらむら先生は何かあったりする?」

「えっ、私は、うーん、恋愛経験自体全くないですね」




 そうだったのか。それは意外だった。

 まあ、配信上や私には言いたくないというだけの可能性もあるけど。



「それは意外だなあ、むらむら先生普通に綺麗なのに」

「んんっ!けほけほけほっ」



 あ、むせた。



「大丈夫?」



 背中をさすろうかな、と思ったがさすがにそれはセクハラになりかねない。

 正直、どこまでがセーフでアウトなのか理解できないからな。



【しれっと口説くな】

【先生ちゃんと照れてるじゃん】

【助手ってのがどんなのか不安だったけど、普通に面白くて安心した】



 コメントを見ると、意外とこちらを受け入れてくれている人が多い気がする。

 これは悪くない反応かな。



「恋愛ってさ、やっぱりなかなか難しいじゃないですか」

「と、いうと?」

「好きな人がいても、その人が自分のことを好きだとは限らないじゃないですか」

「まあ、そうだよな」



 確かにそうだ。

 婚約者の気持ちは、あの時点でどちらに傾いていたのだろうか。

 いや、もう考えても無駄なことだ。

 そんな俺の思考に気付いているのかいないのか、むらむら先生は話を続ける。



「好きな人に、もう恋人がいたりしたら、身を引かなきゃならないし、どこかで距離を置かなきゃならないんですよ」

「だな、それが正しいと思う」

「そうですよね、それが、正しかったんですよね」

「…………」



 むらむら先生の声は、少しだけ沈んでいた。

 月島の顔は、何かを堪えるような顔をしていた。

 もしかしたら、俺の知らぬところで失恋を経験していたのかもしれない。

 話題を変えようかと思って。



「だからこそさ、私は全力で前を見ようと思うんだ。今の私の望みをかなえるために」



 俺には、彼女の言葉の意味がよくわからなかった。



【これ公開告白では?】

【こんなの結ばれるしかないやん】

【先生!俺たちは応援してるからな!】

【助手くん、幸せになって! 2000¥】



 視聴者には何が見えているんだろう。

 まあ、あんまり突っ込み過ぎるのも野暮だしそっとスルーしておこう。

 少なくとも、彼らには好評だったようだし。



 そのあとも、いくつかトークテーマに沿って会話しつつ、気づけば二時間ほどが経過していた。

 まだイラストは完成していないが、明日には間に合うだろう。



「じゃあ、今日のところはこれで配信を終わろうと思います。次回は、来週かな?また見てくださいね!」

「お疲れー」

【お疲れ様!】

【助手とやらがどんな感じなのかわからなかったけど、今日色々知れてよかった】

【次回も楽しみ!】

【カップルチャンネルてぇてぇ!】



「今日、楽しかったですか?」

「楽しいっていうのはよくわからないな。機械操作が色々あって、疲労感がすごいので」

「ああ、それはなんだかすみません」



 月島がまったく機材のことを理解していないのだから、俺がやるしかないわけで。

 楽しいという感覚は言われてもピンとこない。



「ああ、でも」

「?」

「お前と仕事ができるのは楽しいよ」




 月島の配信を手伝うのは、教え子を支えるという仕事として引き受けたつもりだった。

 中学の頃月島の家に家庭訪問に行ったのも、彼女を手伝ったのも教師としてそうするべきだと思っていたからやっただけだ。



 けど、彼女とイラストについて話したり、ボードゲームをしたり、イベントの帰りにジュースを飲みながら電車の中でぐったりしたり。

 そんな時間が、ただ楽しかった。

 彼女と一緒にいるのは、俺にとっては楽しいことなのだ。



「あ、ありがとう、ございますう!」



 月島は顔を真っ赤にして出て行った。

 ちょっと言いすぎたか。



「あ、チャンネル登録者十五万超えてる」


 

 チャンネルやSNSをチェックしながら、夜はふけていくのだった。



 ◇◇◇



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