第15話「第二回目の配信」

 むらむら先生の初配信から丸一週間がたった土曜日。

 俺が勤めている学校では月から金曜日と、土曜日の午前中に授業がある。

 要するに、土曜の午後は時間があるのだ。

 配信の準備をする時間が。



 インターホンを鳴らすと、すぐにドアが開いて月島が顔を出してきた。



「こ、こんばんは!」



 今日の月島の格好はカットソーにチェックのスカート。

 どう考えても、部屋着ではないと思う。

 なんというか、月島のちゃんとした私服を見るのって新鮮な気がするな。

 中学時代、俺が家庭訪問に来ていた時は大体ジャージだったし、初めて会った時や、前回配信した時は、なぜか制服だった。

 日曜日も寝間着だったし。

 それと比較すると、今日は特に気合が入っている。



「その服、似合ってるな」

「え、本当ですか!」



 服装を褒められたのが余程嬉しかったのか、ぱあっと目を輝かせる。



「ああ、すごくいいと思うよ」

「そ、そうなんだ。えへへ……」



 月島は嬉しそうにしている。

 なら、言ってよかったんだろう。

 おっさんが女子高生の服装に言及するのはいかがなものかと思ったが、彼女が喜んでくれてるならそれでいい。



「じゃあ、今日もよろしくお願いします!」

「いえいえこちらこそ」



 今日は月煮むらむら先生の第二回目の配信の日。

 互いに仕事があるということもあり、配信は原則週に一回土曜日のみとしている。

 バズりたいなら毎日配信するのがベストなはずだが、まあ月島の本業がイラストレーターである以上仕方がない。

 

 

「そもそももう十分バズったしな」

「えへへ……先生、何か言いました?」

「なんでもないよ」



 嬉しそうに、彼女の部屋まで駆け上がっていく月島を追いかけながら、ふと気づいた。

 吐き気が、まるでない。

 昨日も、今日も、一メートルという間合いを超えて傍にいたのに。



 ◇



「どうかしたのかな?」

「いや、なんでもない」



 隣に座っていた彼女と、俺の距離を目測で測る。

 その距離は三十センチほど。

 少しでも動けば、肩が触れ合うのではないのかというレベルの距離である。

 だというのに、どうして。

 どうして、月島がそばにいても、嫌じゃないんだろう。

 子供だからだろうか。

 いや、そうではない気がする。

 多分、心が弱っている時に傍にいてくれたからだろう。



「月島、ありがとうな」

「どうしたしまして」



 横を見ると、彼女は俺を向いて微笑んでいた。

 何に対してありがとうと言ったのか伝わっているのか定かではなかったが、なんとなくよかったのだろう。

 そんなことを思いながら、俺と彼女で配信の準備を始めた。



 ◇



 U-TUBEのライブ開始ボタンを押すと、生配信が始まる。



「こんばんは。月煮むらむらです」

「こんばんは。助手です」

【きちゃ!】

【ぬるりと始まるな】

【専用の挨拶とかないんだね】

【収益化、登録者10万人、ダブルトレンド入り、おめでとう! 5000¥ 犬牙見わんだ】

【わんだちゃんおって草】



 配信二回目なのに、もう収益化が通っている。



「スーパーチャットありがとうございます」

「わんだちゃん!来てくれてありがとう!」

【親子コラボしよう! 犬牙見わんだ】

【親子三人コラボきたーっ!】




「そういえばVtuberって専用の挨拶とかあるんでしたっけ」

「そうだね、助手君は何かやった方がいいと思う?」

「うーん、第二回までこのテンションで始めちゃってるんで、今更じゃないですか?こういうのは最初が肝心だと思うんですよ」

【まあ確かに】

【途中から挨拶きめてる人もいるけどね】

【何ならリスナーが勝手に作った挨拶とかもあるし】



「ええ、そんなのあるんですね。怖いというべきか面白いと考えるべきか」

「まあ、君たちが考えるってのはいいんじゃない?公序良俗に反しない限りなら好きにしなよ。私は採用しないんだけどね」

【草】

【採用しないんかい】

【辛辣、だがそれがいい】



 なんだかんだ、二回目ということもあってか彼女が結構しゃべり慣れているような気はする。

 話すのが苦手ということだったが、これなら何とかなるのではないだろうか。



 今日の配信は、お絵かき配信をしつつ、ファンが送ってきたメッセージを読んでいきながら、それについてのコメントが必要である。



 とにもかくにも、現在の画面が表示される。

彼女は、イラストを描き始めていた。

 今回描いているのは、最近はやっているソーシャルゲームのキャラクターらしい。

 配信でやらないのかと聞いたら、一度始めたはいいものの、機械音痴が災いしてログインできなくなったそうだ。

 何でそうなるのか、本当にわからない。




「マシュマロを拾ってくれない?」

「いいですよ」



 マシュマロというサービスに届いていたメッセージを、ピックアップして画面上に載せる。

 一枚目は、これだ。



【ぶっちゃけ、お二人は付き合ってるんですか?】

「んえっ」

「え、これダメでしたか?」



 一応、全部さっき目を通してもらっているはずなんだけど。



「いや、まさか一発目にこれを選ぶなんて思わなかったんですけど。いきなりとんでもない爆弾を投げてくれたなって。恥ずかしいとか、思わないんですか?」

「いや全然」

「ふーん」

「何で不機嫌そうなの?」

【二人とも楽しそう】

【カップルチャンネルじゃん】

「ああ、それ気になってたんですけど、カップルチャンネルってどういう意味なんですかね?先生から誹謗中傷とかじゃないってのは聞いたんですけど」

「え、あれ本当にそういう言葉だと思ってたの?」

「いや、聞いたことがなかったんで」

 


 まてよ、今調べればいいのか。

 ウィンドウを開いて検索すると、すぐに出てきた。



「ええと、カップルチャンネルとは、恋人同士で運営しているチャンネルであり、動画や配信などでイチャイチャしているコンテンツですよっと。なるほど」



 カップルチャンネルってその通りの意味なのか。

 ふと気づいたのだが、俺達は月島の家から配信を行っている。

 おそらくだが、配信者というのはラジオのDJなどとは違い、在宅ワークが基本なのだろう。

 とはいえ、彼女の自宅に男が上がりこんでいるとなれば当然彼氏なのではないかと思われるのも無理はない。



「あ、ああそういうことなんですよ」

「つまり、ファンの方は俺たち二人が恋人だと思っているわけか」



 というかよく反発されないな。

 Vtuberって、要はアイドルみたいなものじゃないのか。

 アイドルが結婚したら、ファンは泣くって聞いたことがあるんだが。

 イラストレーターだし、そのあたりがいろいろ違うのかな。

 まあ、マシュマロには百件くらいそういう苦情も来ていたんだけど、全部消去したからね。



「まあ、付き合っているとかは全然ないよ」

「…………」




 なぜ無言なんですか、月煮むらむら先生。

 さらに、無言であるだけではない。

 絵を描きながら足を伸ばし、俺の足を蹴ってくる。

 といっても、全然痛くない。

 音で表すなら、ぽすんっとかそういうレベルだ。



「あの、なんで蹴ってくるんですか?」

「別に」



 むらむら先生、お怒りのようだ。



【いちゃいちゃしてるじゃん】

【先生拗ねてて可愛い】

【なんか甘酸っぱくない?】

「いやあの、何か怒ってる?」

「全然ないってどういうことですか?」

「いや全然ないじゃないですか」



 付き合うとかない。

 身バレがあるからここでは言えないけど、教師と教え子ですよ?

 そりゃもちろんそういう例がないとは言わないけど、何事にも例外はあるってだけの話なわけで。

 例外はたくさん例があるから例外という概念が存在する。

 あと多分だけど、来たマシュマロ的に、こういう疑惑は否定しておかないと本当に反発が大きくなって止められなくなるのではないかという懸念もある。

 だからこの判断は正解、のはずなんだけど。



「ふーん」

「いやいや、絵を描きながらけらないでくださいよ」



 靴下をはいた、彼女の細く白い足がぺちんぺちんと当たる。

 なんだか、小動物に絡まれているような気分になるな。

 少なくとも不快感はないかな。


 ◇◇◇


 ここまで読んでくださりありがとうございます。

 「続きが気になる」と思ったら評価★★★、フォローなどいただけるとモチベになります!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る