第14話「救われているのはお互い様」

「それはそうと珍しいな、月島がこっちにいるなんてさ」



 俺が普段いるのは中学棟である。

 これは俺が中等部を受け持つことが多いのもあるし、職員室が中学棟にある、というのもある。

 しかし、高校二年生である彼女がいるのは高校棟である。

 だから、高校生になってからは会うこともほとんどなかったのだ。



 月島は、顔を上げて、こちらをまっすぐ見つめながら口を開いた。



「実は、日高先生に用がありまして」

「俺?」


 

 俺に用事があったとは。

 まあ、いいか。



「うん、次回の配信なんだけど」

「お、おう」

「前回と同じ、土曜日でお願いしてもいいかな?これからしばらくは週に一回配信をしようと思ってるので」

「了解」



 それくらいのことメールすれば……ああ、連絡先交換してなかったよなと思いいたる。

 仕事仲間なんだし、共有したほうがいいのだろうか。

 いやでも、教師と生徒でもあるわけだし。

 仕事用のメールアドレスならセーフだろうか?

 そんなことを考えていると。

 


 月島が右手を口に当ててメガホンを作りながら、左手で手招きしてくる。

 どうやら、内緒話がしたいらしい。

 理由はわからないが、ひとまず俺はかがんで耳を彼女の口元に近づけた。

 彼女の小さい手が、耳に触れる。

 不快ではないが、少しくすぐったい。



「昨日の配信、見返した?」

「ああ、家に帰ってから見たよ?」

「ど、どうだったかな?私の配信は」



 なるほど、それがどうしても訊きたかったらしい。

 日曜日は、そういう話はしなかったからなあ。

 とりあえず、俺は周囲を確認する。

 人がいないことを確認してから、返答した。



「良かったんじゃないか?むらむら先生、かわいかったし」

「うえっ、そ、そんなことはないですよ!」


 

 月島はぱっと俺から顔を離すと、ぶんぶんと手を振って否定する。

 照れて赤くなっていた。

 その様子は大変可愛らしいが、同時に心配にもなる。

 


「それはそうとして、月島」

「な、何でしょう」

「配信のことは、こっちでは言わない方がいいんじゃないか?身バレの危険だってあるだろう」



 ただでさえ、声は全く同じなのだ。

 正体がバレるのを防ぐために、こういう会話は避けるべきだと思う。

 少なくとも、学校では。

 チャンネル登録者数十万人というのは、すごいことだが同時に恐ろしいことでもある。

 日本の人口で考えると千人に一人が彼女の配信を見ているわけで……。

 学校でも一人くらいは月島のファンがいてもおかしくない。



「そ、そうですよね。すみません」

「むしろ、学校では話さない方がいいかもしれないな」

「え」



 さあっと、わかりやすいくらいに月島の顔が青ざめた。

 まずい、失言だった。



「あー、まあ、仕事について話さないなら、別に無理に避ける必要もないよな、ごめん」

「は、はい!そうですよね!な、な、何をお話ししましょう!」

「落ち着けよ。とりあえず最近のむらむら先生のイラストについて話そうぜ」

「んんんっ、日高先生見てくださっているんですか?」

「そりゃ見るだろ」



 むしろどうして見ていないと思われているのか。



「最近は、ソーシャルゲームのファンアート描いてるよな」

「あ、はい。ファンアートだけじゃなくて、公式のイラストとかも書いてるんですよ」

「え、そうなのか……すごいなあ」

「これも先生のおかげだよ」

「俺は何もしてねえよ」



 教師として、一人の生徒に出来る限りのことはした。

 機材を使えるように勉強して教えたり、コミケなどの同人イベントに売り子として参加したり。

 でも俺はイラストには詳しくないし、「イラストレーター」という職業についてもよく知らない。

 彼女の今を支えているのは、きっと彼女自身が頑張ったからだ。



「先生、しゃがんでください」

「え?」


 言われるがままにしゃがむと。

 月島は、俺の顔をがっちりと両手でつかんできた。

 そのまま、ずいっと、息がかかりそうな距離に彼女の顔があった。

 月島の大きな瞳がちょうど俺の目の前にある。

ちょっと距離が近すぎやしませんか。

頬から月島の体温がじんわりと伝わってくる。

 不快感とはまた違う、緊張でどぎまぎしていると。



「月島、何を」

「何もしてないっていうのは、違います」



 彼女は、真剣な目で、そんなことを言いだした。



「私が家族がうまくいってなくて、引きこもってた時、先生は傍にいてくれましたよね。私の話を、愚痴を、黙って聞いてくれました」

「それしかできないからな」



 これは月島以外の生徒に対してもそうだ。

 俺が務めているのは中高一貫の進学校であり、生徒の大半はまじめに勉強して大学進学を考えている。

 スポーツ推薦で進学し、社会に出るまで野球しかしてこなかった俺とは頭の出来も、考え方も違う。

 だから俺に出来るのは、ただ彼らの話を聞くことだけだと思っている。

 彼女にも、俺に出来ることをしただけだ。



「先生がいてくれたから、私イラストレーターを目指し始めて、学校にも通えるようになって、今は友達だっているんですよ!」

「そっか……」



 俺は納得する。

 俺は月島にこれ以上ない程救われたと思っていた。

 今の自分がこうして職場に復帰できているのは、彼女が俺を立ち直らせてくれたからだと。

 でも、きっとそれと同じくらい彼女も俺に救われてくれていたんだ。

 それが、酷く嬉しい。



「そうだ先生、連絡先交換しませんか?」

「あ、そういえばしてなかったっけ」



 住所は教えていたもののメールアドレスやRINEのIDは教えていなかった。

 正直これから一緒に仕事していくなら必須だろう。



「いいよ。あ、RINEのID教えてくれるか?」

「はい!」



 月島はポケットからメモ帳を取り出しID書いてくれた。



「あ、あの、先生その、すみません」



 ふと気づくと、月島は顔を真っ赤にして、俯きながら手を見つめていた。

 今更触れ合った恥ずかしさがぶり返して来たらしい。

 そういう反応をされるとこっちも恥ずかしい。

 


「そ、そろそろ私授業あるので戻りますね!」

「廊下は走るなよー」



 月島は顔を赤らめたまま走り去っていった。


 

 ◇



 職員室に戻ると、水野先生に声をかけられた。



「日高先生、顔真っ赤ですけどどうしたんですか?」

「え?」



 言われて、窓に映る自分の顔を確認すると。

 モミジみたいな月島の手の跡がついていた。

 


「そんなところまでそっくりじゃなくてもな……」



 自分の顔が熱くなるのがわかる。



「さて、連絡先登録するか」



 元婚約者の浮気現場を録画してから一度も起動していなかったスマホ。

 充電器に接続して起動して、月島の連絡先を登録した時。



「嬉しいなあ」



 月島は、初めて二人でコミケに行った時の写真をアイコンにしているらしい。

 それを見ていたら。

 スマホに関する苦い記憶が。

 薄れていく気がした。



 ◇◇◇


 ここまで読んでくださりありがとうございます!

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 余談

 「主人公は裁判しないの?」というコメントを度々いただくのですが。

 結論から言えば「今はまだ無理」です。

 ハメ撮り映像を収めたスマホを、数日起動すらできないレベルでトラウマになった主人公の精神状態で裁判は無理です。


 ただ、もし「誰か」のお陰でトラウマを克服できたなら。

 その時は容赦しないでしょう。

 そんなわけで、もう少しだけお待ちください!

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