第11話「朝ご飯と昼ご飯を混ぜたもの」
「あの、朝ご飯作ったんですけど、食べていきませんか?」
「え、いいのか?」
ここまで来たら断るつもりもないのだが、貰ってばかりで申し訳ない気がする。
もしかしたら、これは彼女なりの罪滅ぼしなのかもしれない。
ぶっ倒れるまで徹夜で機械の操作の勉強をしていたわけで、傍から見れば罪悪感にさいなまれてしまうのも無理はない。
「ありがとうな、正直だいぶ助かってる」
本当は、家に帰りたくないのだ。
だって、あそこには彼女の――元婚約者の思い出と痕跡が多く残りすぎている。
「できたよ!私特性のアーティスティックオムライス!」
「うおっ!」
テーブルの上に置かれたのは、ごく普通のオムライスだった。
正確に言おう。
オムライスだけが、普通だった。
オムライスの上には、ケチャップでむらむら先生のアバターが描かれている。
当然、流石は神絵師とでもいうべきか、めちゃくちゃうまい。
アナログでも問題なく描けることは知っていたが、ケチャップでも同じことが出来るとは知らなかった。
……これ、食べるのがもったいないレベルだよな。
「とりあえず、写真撮ってもいいですか?」
「いいですよ?でも、早く食べてくださいね?冷めちゃいますよ」
どうしてそんなことをするのかわからない、とでも言いたげな顔をしながら小首を傾げた。
かわいい。
でも、これだけ素敵なイラストなら正直もったいないと思ってしまうのは仕方がないと思うの。
カメラアプリを起動して、パシャパシャと写真を撮る。
「あの、食べないんですか?」
「ちょっと待って、もうちょっと角度とか光量とか調整しないと」
「先生?」
「すみません、今すぐ食べます。いただきます」
そっとスプーンを卵の薄皮に差し込み、中身のチキンライスごと掬い上げる。
「うまい!」
穏やかな卵のうまみと、ケチャップの酸味がまず脳を刺激する。
少しだけ遅れてチキンライスの味が伝わってくる。
ケチャップをベースに肉や野菜、キノコを刻んで入れたチキンライス。
特に炒めた玉ねぎがとても美味である。
丁寧に時間をかけて作ったことがよくわかる。
「本当に嬉しいよ、ありがとうな」
「は、はい」
にこにこと月島は俺のほうを見守っている。
「月島は、食べないのか?」
「あー」
「どうかしたのか?」
月島は、気まずそうに眼を逸らす。
「あの、間違えて」
「間違えて?」
「先生の分だけ作っちゃった……」
「じゃあ、お前の分は?」
「ない、あと材料ももうない」
「まじかよ」
「ええと、とりあえず買うか」
「あの、先生のやつ半分くれない?」
「別にいいけどお前は、嫌じゃないのか?」
普通に俺月島にあげることとか想定してなかったから口つけちゃってるけど気にならないのだろうか。
そういうの、女性は男性以上に意識するものだと思うんだけど。
「私は嫌じゃないですよ。申し訳ないって思うなら、先生が食べさせてほしい、です」
ちらりと、月島が俺のスプーンに視線をやる。
え、まさかとは思うけど「あーん」をしろってことだろうか。
いや、月島が嫌じゃないのなら別にいいんだけど。
隣に座ってきた月島の小さな口が開き、瞳が閉じて長い睫毛が際立つ。
「あーん」
唇と綺麗に並んだ白い歯を乗り越えて、桃色の舌の上に卵とケチャップライスが乗る。
咀嚼して、嚥下する。白い喉が、ごくりと鳴る。
「…………」
「月島?」
顔がゆっくりと、ケチャップのように赤くなっていく。
「あ、いや、その」
「?」
「改めて意識するとなんだか恥ずかしくて」
「お、おう、そうか。なんかごめん」
ちょっとかわいいな、と思った。
なんだか小動物的というか、そういう可愛らしさがある。
「もうちょっと食べるか?」
「あ、うん、よろしくお願いします」
また、口を開いた。
あくまでも、これは給仕の一環。
別に恥ずかしがるようなことはない。
ただ、恥ずかしそうな顔をしている月島を見ていると、どうにも俺には気恥ずかしさがある。
そのあとは、言葉もなく。
残ったオムライスを機械のようにもくもくと月島の小さな口に運んだ。
ただ、一つ。もしも、俺の気のせいでなければ。
彼女は、どこか嬉しそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます