第8話「婚約者の不満」

 朝起きると、隣に半裸の愛する人がいる。

 これだけで、幸せなんだと思う。

 手助と同棲していた時には、こういうの無理だったし。

 あいつ結構しっかりしてるから、ちょっとでもぼろを見せたらすぐにばれてしまうと思ったのだ。

 まあ逆にスケジュール管理がほぼ完璧だからこそ、隙間を縫って会いやすかったんだけどね。

 まさか、仕事が早く終わって抜けるだなんて思っていなかったけど。

 今迄一度だってそんなことなかったのに。

 まあ、いいや。

 結果的に、好きな人との新しい生活があるわけだし。

 付け加えれば、手助の貯金も百万はある。

 私も仕事はしているし、当面、生活の心配はない。

 とりあえず、今日も朝食を作って、と。



「ご飯できたわよー!」



 愛する人をゆすって起こす。



「おう」



 私が婚約者――日高手助の家から逃げ出してから二日が経過していた。

 かなりのお金を持ち出してしまっていたから、問題になるのかと思っていたが、今のところ電話がかかってきたりする様子もない。

 まあ、よく考えてみればここがーー彼の家がどこにあるだなんて手助にわかるわけがない。

 考えるべきはこれからの生活だが、まあどうとでもなるだろう。

 しいて言えば親にも結婚の話をしてしまっていたことだが、まだリカバリーは効くレベルだろう。

 向こうの浮気で別れたことにして、ほとぼりが冷めてから改めてこの人と結婚すればいい。



「どう、おいしいかな?」

「ん、ああ、うまいよ」

「……それだけ?」



 そういえば、この人と同棲していたわけじゃないから、食事を振舞うなんてことなかったのよね。

 だから、知らなかったけど、こんなに薄い反応しかしないものだったっけ?

 なんというか、手助は毎日毎日私が作ってくれたものを目を輝かせて喜んでくれていた。

 なのに……。

 まあでも、いいわ。

 だって、いつもいつもそういう態度ばっかりだと物足りなくなるもの。

 ちょっと冷たいくらいが男ってのはカッコいいのよね。



「あー、食べた食べた。じゃあ、ちょっと出かけてくるから」

「え、どこに行くの?」

「パチンコだよ、一緒に来るか?」

「え、ううん。大丈夫」



 私はパチンコはあんまり好きじゃない。

 うるさいから苦手なのよね。

 煙草の煙とかは別にいいんだけど。



「そっか。あ、そうだ、んっ」



 そういって、彼が手を出してきた。

 すっ、と一万円札を手渡す。

 そのまま、彼は飄々としたまま出ていった。

 そういえば、彼仕事はどうしてるのかしら。

 確か経営コンサルタントとか言ってたけど、コンサルタントって暇なのかしらね。

 成果重視の仕事だから収入が入ってこないときもあるとか言ってたわね。

 ……大丈夫よね?



「私も、そろそろ仕事いかないとね」



 手助の口座から得た金があるとはいえ、それはそれとしてお金は稼がなくてはいけない。

 元々、彼に渡すお金で結構カツカツだったしね。

 だから家賃とかもほとんど手助に負担させてたなあ。

 これからどうなるのかまったくわからないけれど。

 とりあえず、お金も好きな人も傍にいることだし、何とかなるわよね。

 そんなことを考えながら、私はアパートの門をくぐった。

 私たちの未来は明るいと、信じた。

 信じて、いた。


 ◇◇◇


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