第7話「カップル」

 Vtuberについてはあまりよくわからないのだが、たくさんの人がコメントしたり、グッドボタンを押してくれているし、チャンネル登録者数もかなりこの一時間で増えた。

 いや、訂正しよう。



「登録者十万人?」

「一時間しか配信してないのに、なんで?」



 理由はある。

 知名度とか、娘の存在とか、月島自身の宣伝活動とか。

 それにしたって、できすぎている。

 これが、月煮むらむらの実力というわけだ。



 さらに言えば、コメントもほぼすべてが好評だった。

 いや、コメントはずっと監視しながら話していたんだよね。

 セクハラとか、悪質なコメントを見つけたらブロックしないといけなかったからな。

 ちなみに、ブロックのやり方は配信前に勉強した。

 そのためにわざわざ捨て垢を作ってブロックしたりもした。

 しかし、カップルチャンネルってなんだ?


 

「お疲れさまでした―」

「ああ、お疲れ」



 配信終わると同時に、椅子の背もたれにもたれかかる。

 教師として話すことには慣れていたつもりだったが、そうでもなかったかもしれない。

 かなり消耗してしまった。

 やっぱり配信はまた違うものということか。



「月島は大丈夫か?喉とか、体力とか」

「あ、はい。喉とかは意外と大丈夫みたいです」

「一応、ケアしておけ」



 そういって、喉飴の袋を丸ごと渡す。



「ありがとうございます。変わりませんね、先生は」



 少しだけ、嬉しそうにしながらミルク味ののど飴を口に放り込む。

 俺も、彼女を横目に見ながら別の袋を取り出し、喉飴を一つ放り込む。

 うん、喉飴はこれが一番いいな。

 結構喉は強い方なんだが、一応ケアしておくに越したことはないだろう。

 一時間休まず喋りっぱなしというのは教師という声を出す仕事をやってきた俺をして、未だかつてなかった経験ではあると思う。


 ふと、視界に移ったのは「助手君」という名前のジャージ姿の美青年。

 むらむら先生が描いてくれた、自らの分身ともいえる存在。



「お前も、お疲れ様」



 俺の表情を反映するためのwebカメラをオフにしているため、「助手君」の表情は変わらない。

 それでも、声をかける意味はあると思った。

 だって、彼女が俺のことを想って作ってくれたものなんだから。



「そういえば、気になるコメントがあったんだけど」

「はい、何ですか?」

「いや、カップルチャンネルってなんだ?」

「え?」



 その言葉を聞いた途端、彼女の顔がぽんと赤くなる。

 さらに、目が泳いで視点が定まらなくなる。 

 ふむ、言いにくそうだし、もしかするとセクハラコメントなのかもしれないな。



「そうか。じゃあ、コメントをしたやつらブロックしておくな」

「い、いえ大丈夫ですよ?何でブロックしようとしているんですか?」

「うん?」

「うん?」



 その後、彼女からセクハラコメントの類ではないが、言いたくないという謎の主張をされてしまった。

 カップルチャンネルってどういう意味なんだ?

 まあ、いいか。



「ああ、ちょっと眠いので寝てもいいですか?」

「うん、いいよ。ていうか、お疲れ様。おやすみなさい、先生」



 そういわれた直後に、俺の意識は完全に暗転した。



 ◇



「まさかもう寝ちゃうなんてね」



 私の部屋に置かれたゲーミングチェアに、腰かけている寝ている彼の顔を眺める。

 確かに、先生は頑張っていた。

 というか、頑張り過ぎだった。

 だって徹夜でOBSの勉強してたし。

 というか、スケジュールがタイト過ぎたのが悪い。

 でも、先生も以前私に「善は急げ」って教えてくれたし。

 何より、一日でも早く日高先生と仕事がしたかった。



「うーん」



 キャスター付きのゲーミングチェアを押し出して、先生をベッドに横たえて、布団をかぶせる。

 こんなに優しい寝顔をするんだ、とふと思った。

 愛おしさが爆発しそうになる。

 同時に、複雑な気持ちもある。

 彼の婚約者が浮気なんてしていなければ、きっと彼が自分の部屋で寝るなんてことはなかった。

 Vtuber活動のサポートだって、到底頼むことが出来なかったはずだし。

 私が中学生の時、彼に恋人ができた時から、意図的に距離を置いていた。

 だって、傍に居ても辛いだけだし、迷惑だと思ったから。

 


「好きです、日高先生」



 そういって、額にそっと唇を落とす。

 疲れ切った彼は、起きなかった。



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