第6話「サムネイルは、芸術だ」

「サムネイルって、結局のところ何をするかが分かればいいんだよな?」

「そうですね」



 サムネイルというのは、インターネット上のファイルを開く際に、その概要を示した一枚の画像である。

 サムネイルという言葉は、親指の爪ほどに小さいという意味から来ているのだそうだ。

 動画配信サイトでのサムネイルとは漫画の表紙のようなもので、配信や動画をあげた際に、人の注目を呼び込むための画像である。

 サムネイルが人の目を引き付けるものであれば、むらむら先生のことをよく知らない人が見に来てくれるかもしれない。ファンになってくれるかもしれない。

 しかし、見栄えを意識しすぎて内容と解離したものになってはいけない。

 ライブ配信で言えば、誰が、何をしているのか伝えることが肝心だ。



「じゃあ、俺のサムネイルも問題がないってことだよな?」

「うーん、じゃあちょっと君の作ったサムネイルを出してもらってもいいですか?」

「わかった。ちょっと待って」



 俺が作ったサムネイルを、引っ張り出して貼り付ける。

 何時間もかけて作った自信作なのだが。



【うわあ】

【何これ】

【虹色の太字なの何なんだ】

【背景も金色だからまぶしすぎる】

【これ、アスペクト比あってないよな。というか、先生が生首になっているのが面白すぎる】



 コメント欄が、爆速で動き出した。

 そして、そのすべてが俺のサムネを否定するものだった。

 いやまあ、始めたばっかりだけど、それでもうまく作れたと思っていたんだけど。

 おい、【目がつぶれそう】ってコメントを書き込んだやつ、ちょっと待ってくれよ。



「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。そんなにひどくないでしょ?みんな冗談で言ってるんでしょ?コメント欄の皆さん、俺にだけこっそり教えてください」

【コメントで教えてたらこっそりでもなんでもなくて草】

【自覚がないのか】

【アプリを使いこなせていないとか、技術がないとかじゃなくて、センスがないだけなのが本当にひどい】

【こんなギンギラギンのサムネ見てたら目がおかしくなるって】



 目がおかしくなる、だの、センスがないだの、散々な言われようである。

 俺は、ちらりと、月島を見る。

 彼女も、ちょうど俺の方を向いていた。



 ただし、いつものにこやかな笑顔ではなく、汚物を見るような渋面で。

 あの、そういう顔されると傷つくんですけど。

 初対面の時を思い出す。

 最初は本当に警戒されてたからなあ。

 それが今やこうして隣で仕事をしているんだから、人生というのは本当にわからない。



「ねえ、俺のサムネイルってそんなにひどい?」

「酷いですね。クリエイターとしては生理的に受け付けないです」

「ええ……」



 まあ、天才イラストレーターがそういうなら、そうなんだろう。

 彼女は嘘を絶対につかないし、俺はパソコンの操作方法がわかっていたとしても、芸術的なセンスは一切ないからな。

 美術の授業で2より上を取ったことは一度もありません。あれ本当にどうすればいいんだろうね。

 ちなみに、イラストを描くためのアプリを使えばサムネイルを作れる。

 パソコンに不慣れな彼女が作れるのはそう言う事情らしい。

 まあ、彼女が自分でできるなら俺の出る幕はないので、別にいいんだけど。

 虹色の文字に、金色の背景を合わせて、「これなら絶対目立つ!」とか考えたんだけど、何がダメだったんだろう。

生首にしたのも、化け物みたいになって面白いかなと思ったんだけどなあ。



【助手さん、芸術センスはマジでないの面白い】

【二人の掛け合い楽しいわ】

【もしかして、普段はこういう感じで話してる?】

「まあ、割と会話が途切れるとかはない気がしますね。せ、助手君がすごいよくしゃべってくれるのでね」



 そうだろうか。

 あくまで昔の話な気がする。



「あー、まあ人と話をするの苦じゃないタイプだからな、俺は。でも、むらむら先生も以前と比べたらだいぶ話せるようになったと思うけど」



 最初めちゃくちゃ酷かったからなあ。

 何しろ、初日は一言も話さなかったもん。

 初めて彼女が口を開いてくれたのは、通い始めて三日目である。

 顔を見たのも、その時が初めてだったな。

 この部屋の扉の前で、作業をしながら二、三時間待っていたころが懐かしい。



「そ、そうかな?えへへ」

【照れててかわいい】

【何だこの生き物】



 まあ、みんなの言いたいことはわかる。

 小動物的なかわいさがあるよね。

 その後も、いくつかのマシュマロを広いつつ配信を行い、気づけば一時間が経過していた。



「じゃあ、今日の配信はここまで。来週もやるので、お疲れさまでした」

「次回の配信もまた見てね!あとチャンネル登録と高評価よろしくお願いします!」

【おつむらむら!】

【お疲れさまでした。明日も楽しみにしています】

【もう一時間もたったのか、楽しかったわ】

【イラストレーターの配信を観に来たのと思ったら、カップルチャンネルだった件】



 こうして、彼女の初配信が終わった。

 【カップルチャンネル】という俺にはよくわからない単語を残して。



【トレンド1,2位制覇してて草】

【活動初日からチャンネル登録者数九万超えてるんだがwww】



 そして、新たな伝説の始まりでもあった。

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