第4話「イラストレーター兼Vtuber、むらむら先生」
月島から勧誘を受けた翌日の土曜日の夜九時。
U-TUBEという配信・動画投稿用プラットフォームで、今、新たに一人のVtuberが誕生する。
いや、この表現は違う。
少しだけ、間違っている。
「あーこんばんは、これ、音乗ってるのかな?」
【大丈夫だよ!】
【聞こえてます!】
U-TUBEの、視聴者が書き込むコメントが、配信がつつがなく行われていることを教えてくれた。
大丈夫だよ、と伝えるために声は出さずにサムズアップで伝える。
彼女もまた、親指を上に向けて返す。
「なるほどね。改めまして、初配信やらせてもらいます月煮むらむらくもくもです」
【きちゃ!】
【こんばんは!】
月島絵里には、親から与えられた戸籍上の名前以外に、もう一つの名前がある。
神絵師――月煮むらむら。
通称むらむら先生。
五年前から活動している、超売れっ子イラストレーターである。
日本最大の同人イベントであるコミックマーケットでは一番重要とされるシャッター配置を三年連続で保持し、それ以外にもゲームやライトノベル、グッズなど、様々な仕事をこなす。
得意なのは全年齢の美少女イラストであり、彼女にイラストをと望む企業は後を絶たず、仕事のスケジュールはは一年前に確保しなくてはならないとも言われる。
SNSも、イラストの投稿以外でほとんど利用していないにもかかわらず、フォロワーは十万人を超えている。
そんな彼女が、今日イラストレーター兼Vtuberとしてデビューするというわけだ。
Vtuber。
それは、バーチャルユーチューバーの略称。
2Dあるいは3Dのモデルを動かすことで、アニメキャラが実際に動いているような錯覚に陥る。
基本的にVtuberとしての体は、イラストレーターに発注してイラストを描いてもらうことで完成する。
月島絵里の場合は、少しだけ手順が違うのだけれど。
セルフ受肉、という概念があるらしい。
改めて言っておきたいのだが、Vtuberの体、ガワはイラストレーターにVtuberの演者、すなわち中の人が依頼して制作してもらうことでできる。
依頼者がVtuber事務所という企業である場合もあるが、ともかくVtuberの大半はイラストレーターに絵を発注することで作られる。
だが、ここに例外が存在する。
それは、あるイラストレーターがVtuberのガワを製作し、イラストレーター自身がそのガワの中に入って演じること。
これをセルフ受肉という。
むらむら先生も、そんなセルフ受肉Vtuberの一人だ。
表示されているVtuberの体は、むらむら先生みずからが描いたもの。
【かわいい】
【SNSで見てはいたけど、動くとやっぱりまた別の良さがあるな】
月を溶かしたような金髪を腰まで伸ばし、頭の上には雨雲のような灰色のベレー帽を乗せている。
瞳は、髪と同じく金色。
服装は瞳と同じ青を基調としたセーラー服で、清楚な雰囲気を醸し出している。
体型は、すらりと背が高い、スレンダー体型。
当たり前なのだが、月島絵里とはだいぶ違う。
月島曰く、それがVtuberの魅力なんだという。
「美女であろうと、美少年だろうと、人間だろうと、人外だろうと、神様だろうと、犯罪者だろうと、何でも自由。自分が望む理想のキャラクターになれることこそが、Vtuberの魅力なんですよ」と、言ってたっけ。
その時は、よくわからなかったけど。
【めちゃくちゃかわいい!さすがむらむら先生】
【ビジュアルだけじゃなく声もいいとは思ってなかった】
【めちゃくちゃぬるぬる動くなあ、これは推せる】
「うお、コメントがたくさんあるね。本当に、ありがとうね」
今こうして、画面上にいる笑顔のむらむら先生と、隣で楽しそうに配信をしている月島を見ていると。
手伝ってよかったな、と思う。
さて、ここまではいい。
問題は、ここからだ。
むらむら先生は、トークを続ける。
「配信を始めるきっかけなんですけど、元々他のVtuberさん――まあ
【わんだちゃんか】
【あの切り抜きでむらむら先生のことを知ったから正直感慨深い】
【娘にそう言われたら断れないか、てぇてぇ】
「いやあ、正直こうやって配信できるのが奇跡的だと思うんですけどね、パソコンのことなんもわからんし、無理だよって」
【確かにわんだちゃんの枠で言ってたね】
「でも、まあ知り合いに頼んだりして、何とかなりました。助手君、声入れてもらってもいい?」
「なんとかなったに入るのかね、これは」
あ、つい愚痴が出てしまった。
【えっ、誰?】
【男性?】
【知り合いってこの人?】
ふむ、想定はしていたけど、コメント欄に動揺が見られるな。
もしかしてだけど、ファンに俺が、というか協力者がいること自体伝えてなかったな?
とりあえず俺もカメラを起動して、配信画面を操作し、俺のアバターを登場させる。
といっても、かなりリアルの俺に近い。
背が高く、筋肉質で、ジャージを着た成人男性。
まあ、流石にイラストということで顔の造形に関してはやや美化されてしまっている感は否めないが。
「あ、どうも、助手です」
「彼は、私の配信活動とか手伝ってくれる助手君ですね。私がパソコンとか全然わからないから、いろいろ教わったんですよ」
そう、今日デビューするのは月島――むらむら先生だけではない。
俺も、Vtuberとしてデビューすることになった。
【助手で通すのか】
【なんか知らんけどLive2Dあって草】
【そうだったのか】
【でも先生デジタル画だよね?パソコン使えないの?】
それは当然の疑問だと思う。
「ああ、それなんだけどね、元々昔はアナログだったんですよ。でも、この助手君が教えてくれて、その結果デジタルで描くようになったって経緯があるんです」
「随分昔の話だね……」
「そりゃデビュー前のことですもん。それがなかったら、イラストレーターとして活動することもなかったから、不思議な縁ですよね」
【ということは少なくとも五年以上の付き合いなのか】
【そんなに機械音痴だったの】
「機械とかこの人全然だめですよ。今も、OBSとかは全部俺が操作してます」
OBSという、配信において音声や画面などを調整するためのソフトがあるが、それの運用は俺がやっている。
操作方法を習得するのに一週間かかってしまった。
配信用の機材なんて、ほとんど触ったことないよ。
大抵の人は一生活用することなんてないんだろうけど。
「じょ、助手君。そこまでは言わなくてもいいんじゃないですかあ?」
「あと、これでもだいぶましになった方だぞ。昔なんて、パソコンの電源の切り方を何度説明しても理解してくれなくて……」
「待って待って、黒歴史大会じゃないから、勘弁してくださあい!」
【草】
【電源切れないってどういうこと?】
【コンセント抜いてたのかな】
【悲鳴上げてる先生かわいい】
【じゃあ、やっぱりだいぶ前からの知り合いなのか】
ふむ、彼女の悲鳴を聞いて喜んでいるコメントを発見。
どうやらこの路線は需要があるようだね。
ともかく、コメントを拾っていくとしようか。
「ええと、『だいぶ前からの知り合いなのか』、はい一応、先生のデビュー前からの付き合いではありますね」
【何、だと】
【それは仲いいわけだ】
「そうですねー。一応五年くらいの付き合いですね」
「時間がたつのって早いよなあ」
彼女が中学に入学してすぐ不登校になって、家庭訪問をして、復帰するお手伝いをして。
いま彼女は高校二年生だから、五年で間違いない。
「そう考えると、むらむら先生も随分と変わったなあ、五年前から本当にでっかくなって」
「いやいや。まあ、それほどでもありますけども」
「あの頃は、こんな売れっ子イラストレーターになるなんて思わなかったなあ」
「えへへへ、本当に助手君にもお世話になりましたねえ。初回のコミケで売り子やってもらったりとか」
「あー、昔は売り子を雇う余裕もなかったからな」
【今しれっとすごい情報が追加されたような】
【俺助手君とリアルであったことあるかもしれん】
ふむ、意外と好意的な反応が多いね。
リスナーの中で、彼女の恩人ポジションに収まったということかな。
ちらりと、隣に座る月島の横顔を見ると。
「~♪」
とても楽しそうな表情で、画面を見ている。
どうやら、徹夜でOBSの勉強をした甲斐があったようだ。
不思議なものだ。
昨日は、本当に死んでもいいとまで思っていたのに。
今は、隣に彼女がいるだけで癒されるなんて。
「ありがとう」
「助手君、何か言いましたか?」
恥ずかしくて、何でもないとごまかした。
【日頃の感謝を伝えているのか】
【カップルやん】
【てぇてぇ】
コメントには、気づくことなく。
◇◇◇
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