家族との別れ。そしてパナプル家の崩壊
あれからリネルは毎日のように父親から剣の手解きを受けた。
いくら食べようが鍛えようが筋肉のつかないリネルは当然力もなく、しかしその代わりにパナプル騎士団にも引けを取らない技術を身につけた。
力は無くとも剣は急所に当てればそれでお終いである。わざわざ両断する必要等無いのだ。そう悟ったリネルはひたすらに体術や剣の技術ばかりを磨いたのだ。
その結果、リネルの身のこなしに騎士団の大多数は剣を当てることすら出来ず、当たったかと思えば剣でいなされる。
もはや父親もその実力に満足している程だった。
しかしリネルには秘密がある。
幼少の頃に誓った、魔法で父をギャフンと言わせると言った夢だ。
父親の目を盗み領地の端にある魔物の巣窟である平原。リネルはそこへ度々足を運んでは魔法の特訓を積んでいる。
その実力はというと、剣の比では無い。魔法を使っている事を隠してはいるものの、それはイエル王国においては最強そのものである。
そして母親はそれを秘密にしてくれている。
それどころか魔法に興味を持って、父親の居ない時に母も魔法を練習している。私と情報交換等も行っている程だ。
そうしていつか、世界一の魔法使いになって。父を叩きのめす。そうすれば認めてくれるだろう。
今日は父は隣の領の騎士団との合同練習があって家には居ない。
私はいつも通り領地のある平原へ来ていた。
迫り来る魔物を次々に魔法で倒す。火で燃やし、水で薙ぎ倒し、風で切り裂き、岩石で叩き潰し、ありとあらゆる魔法を使う。
それに複合魔法、岩石に火を纏わせて隕石の様に水と風で嵐を巻き起こす。
複合魔法については独学だ。昔父親に魔法に関する本を悉く捨てられてしまったから。
平原に出てきていた魔物をひたすら魔法で屠り、殆ど片付いたという時、突如後ろから聞き慣れた声が叫ぶ。
「リネル貴様!未だ魔法を使っておるのか!」
父が鬼の形相でこちらへ向かってくる。それにただ俯き立ち尽くすしかないリネル。
見つかってしまった。今日は合同訓練と聞いてはいたが、まさかそれが実践訓練だとは思ってもいなかった。それにこんな領地の端にある平原まで来るとは、本当に私は運が悪い。
そして父は私の目の前まで来ると私を殴った。
いつまで父に怯えているのか、自分でも情けなくなってくる。
私はふと思った。人を救うのに剣も魔法も無いでは無いか。何故この様な馬鹿らしい縛りを受けねばならないのか。
この家に居れば何時までもこのままだ。ならば、家を出てしまえばいい。もちろんお母様には申し訳ないと思う。誰よりも私を愛し、魔法を使っている事も黙ってくれていた。迷惑ばかりかけていた。
しかしもう限界なのだ。
昔からまず実行に移す正確だったリネルは、怒りで言葉も発する事が出来ていない父の目を真っ直ぐ見た。
「家を出ます。さようなら」
ただそれだけを言い残して平原の彼方へと消えていく。魔法により加速したリネルはもはや父や騎士団が追いつく事はありえない。
その場に残された人間はただその姿を眺めることしか出来なかった。
そしてリネルは突然飛び出した結果、毒キノコを求めて猪と競走する羽目になったのだった。
――――――――
「リネルが家出をしたですって?」
そう質問を投げかけたのはリネルの母リスティである。
普段は温厚な母もこればかりは許せなかった様で、表情からその怒りが見て取れる。
「フン、この家で騎士としての誇りを侮辱するような真似をした者などもはや必要も無い。問題は無いだろう」
父の言葉は母の感情を逆撫でするようなものだ。
既に大切な娘を蔑ろにされて腸が煮えくり返っていると言うのに、更に怒りが込み上げてくる。
「そうですか。貴方は一つのものに固執し、感情に流され娘を捨てた……騎士としても父親としても愚かですわね」
「なんだと?」
父は妻の言葉に怒りを露わにする。今まで私を否定するような事など決してなかった妻が、よもや自身の全てを蔑むような発言。決してその心は穏やかでいられるはずも無い。
「もういい、今日は不愉快な事ばかりで虫の居所が悪い。寝れば少し吐きも紛れるだろう」
そう言って父は寝室へと向かったのだった。
そして翌朝起きると直ぐさま異常に気が付いた。
妻が家のどこにもいない。それどころか使用人の諸々が行方不明になっていた。
それは領民だけではなく他方の領主にすら既に情報が漏れていた。
家を出れば騎士団の者ですら蔑むような眼を向けてくる。少し街を歩けば領民が私を見るなりコソコソと私に聞こえない声で話をし始める。
そうだ。私は剣一筋に生きてきた。というよりもそれに固執し過ぎて生きてきた。元々領主になる前から私の評判はあまり良くない物だった。それは知っている。だからこそ私はリスティを娶ったのだ。私とは違い慈悲深く誰にでも愛されるリスティ、私はその存在で領民からの支持を得ていたに過ぎない。
しかしそのリスティがリネルを追うようにして姿を消した。
私はきっと直ぐに思い知るだろう。家族の崩壊。そして騎士団にも呆れられ、領民からの支持も失った。もし他国から侵攻をされれば今この領は一晩と待たず制圧されるだろう。
国を守る為に剣を極めた。にも拘わらず私は国を貶めるとうな真似をしたとやっと気が付いた。きっと爵位も剥奪され、全てを失うだろうな。いや、打ち首になるかもしれないな……。
逃げ出したい。しかし私、ジャスカル・パナプルは腐っても領主であり騎士である。自身の罪は自身で償う覚悟はある。
嗚呼、どうして私はこうも不器用なのだ。
私がこうして自分の過ちを認めるのは何時ぶりだろうか。確かあれは、剣を教わり始めた時以来か。
邸宅に戻って来たジャスカルは門前で項垂れた。もはや何をする気も起きない。
そんな時私に手を差し伸べる者がいた。
腰まで伸ばした白銀の髪に真っ白な肌、そして何処までも深い紫の瞳を持った女性。この服装は、確か東方の国にこのような衣類を身に着ける文化のある国があったような。
よく見るとその女性は泣いていた。
「辛いのう。悔しいのう。全てを失った哀れな男。妾が其方の力になろう。全てをやろう」
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