リネルの悩み
私達はオストポリへ戻ってきて、依頼達成の報酬を元手に4人の装備を整えた。
宿屋の食堂で夕食も済ませ、後は寝るだけだ。
明日はいよいよダンジョンへ向かう日、しっかりと身体を休める為にルミアとマトイはもう寝入っている。
そして部屋のテーブルにはリネルと私が腰掛けており、明かりはテーブルの上にある蝋燭のみ。
私が未だ寝ていないのは他ならない正面に座っているリネルが理由だ。
ゆらゆらと燃える蝋燭の火の向こう側、リネルが何か話し辛そうにしているのを気にしつつ本を読んでいる。
「ヒイロさん、本当に僕は皆さんに着いて行っても構わないのでしょうか?」
俯き静かにそう話すリネルは普段の明るさはどこへやら。
それでもヒイロの表情に揺らぎは何一つ無く、淡々と質問に答える。
「貴方が着いてきたいって言ったんでしょ」
「私は足でまといになると思いますよ」
そこで本から目を離しリネルの方へと視線を向けた。
「私はそうは思わないけど。ちゃんと魔法が撃てるならね」
その言葉にリネルは目を丸くしてこちらを見たが、直ぐにまた視線を下げた。
ヒイロはその様子を見てまた本に視線を戻す。
「バレてたんですね……」
そこで暫しの沈黙が訪れる。2人の寝息と本のページをめくる音だけが部屋を支配する。
そしてその沈黙を破ったのはヒイロだ。
「昼間ホーンラビットに襲われた時、何故魔法を使うのを止めたのよ」
「それは……」
「今後の連携にも関わる、最悪誰かがそれで死んでしまう可能性だってあるの。話しなさい」
ヒイロは再びリネルに視線を向ける。鋭い眼差し。
それは二度と仲間を失わない為、そしてリネルの心に刺さったままの棘を抜く為でもある。
話したくないなら話さなくてもいいなんて、そんな甘い事は許されない。
「ヒイロさんはパナプル家の事はご存知ですか?」
「ええ、私もイエル王国出身だもの。優秀な騎士を出し続けている騎士特化の家系よね」
話始めたリネル、膝の上に下げていた手をテーブルの上に置き、指を組み合わせた。その指は震えており、その様子を窺うだけでリネルがこの話をするのに覚悟が必要だった事が察せられる。
「ただそれが問題なんです。うちの家系は騎士に特化しているというより魔法使いを嫌っている節があるんです」
「でもリネルは魔法の方が得意と」
「はい、魔法を使った事がお父様にバレると殴られるばかりか、縛られて地下に入れられたりもします」
イエル王国ではパナプル家の現当主は頭が固いという噂は聞いていたが、これでは頭が固いどころの話では無い。
例え騎士としてそだてる為と言っても、実の娘にここまでするとは思わなかった。もはや虐待ではないか。
そこでヒイロは気が付いた。
「ああ、なるほど。つまり1人じゃない時に魔法を使うのがトラウマって事ね」
リネルは言葉は発さず首肯する。
ヒイロは考えた。まだ1週間ほどしか共にしていないリネルではあるが、それでも仲間なのだ。どうにかしてやれないものかと。
「少しづつでも、解消して行きたいわね」
「はい……」
「リネル、1度魔法を見てみたいわ。私達魔法が使えないから」
リネルはその言葉に戸惑ったが、先程までのヒイロの鋭い視線は消えていた。むしろ苦笑いをしながら魔法が使えない事を恥ているようである。
その様子を見てリネルは右手を上げ、掌を上へ向けた。
簡単な火の魔法、蝋燭に灯る火と同等のサイズの火がリネルの掌の上で踊っている。
「凄い!これが魔法なのね!村にも使える人はいなかったし、初めて見たわ」
「こ、こんなことも出来ます」
するとその火は馬の様な姿になる。その小さな馬は部屋のものに引火しないように空を駆け回った。
「凄い!リネルって凄いのね」
「そ、そうですか?えへへ」
ヒイロにべた褒めされて、先程までの緊張に満ちたリネルの表情は解けていた。
ヒイロは考えたのだ。少しずつ人前で魔法を使う事に慣れていけば、リネルのトラウマを克服できのではないかと。
しかし魔法を自分の目で見るのは初めてだ。元冒険者の両親はお願いをしても魔法を見せてくれたことは無い。故にヒイロはリネルの魔法が凄いと思うのは本心だ。
自分にも出来るだろうか。そんな事を思ったヒイロは再び閃いた。
リネルに魔法を教われば良い、そうすれば自分も魔法が使えるようになってリネルは人に魔法を見せる機会が増える。一石二鳥だ。
リネルは嬉しかった。かつて魔法を使った私を見て父親はリネルを殴り飛ばした。しかし母親はそれを見て褒めてくれた。応援もしてくれた。そんな母とヒイロが重なって見えたのだ。
無邪気に魔法を披露するリネル。直感でしかないが、僕はヒイロと居れば変われる。そんな気がした。
ヒイロに見て貰えたリネルは2人を起こさないようにはしゃぎ、リネルの魔法に憧れ目を輝かせるヒイロ。2人は明るい未来の自分を思い描きながら、ベッドに横になったのだった。
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