僕が山に登る理由

夏目咲良(なつめさくら)

僕が山に登る理由

・春巻

・サラミ

・タラバ蟹

・アクアパッツア

・スパゲティ

・マルゲリータ

・炭酸水


「いや、確かに『何が食べたい?』って聞いたけどさ……」

ボトルに入っていた手紙を見て、中身の節操の無さに

僕は呻くと、川の上流にある山を見た。

手紙の主である彼女は夏になると、山小屋に籠り、

ひたすら絵を描き続けるのが常だった。

彼女と連絡を取り業者を通じて物資を送るのが僕の役目だ。

山と言ってもスマホは繋がるのだが、何故か彼女は

ボトルメールを川に流す方法に拘った。

アナログなやり方が楽しいらしい。

いちいち業者に返信の手紙を託す僕の身にもなって欲しかったが。


それはさておき、今回の手紙は食べたい物が

羅列してあるだけの単純な物だったが、

気になる点が一つ。

文面の後に添えられた目の周りが赤い鳥のイラスト。

「雉(キジ)、だよな?」

たまに彼女はイラストをヒントに添えた暗号めいた

手紙を送ってくることがあった。

「雉か、う~ん……」

桃太郎、吉備だんご、そんな言葉が浮かんだが

それなら、犬・猿も当てはまるから、多分違う。

僕は頭をフル回転させながら、もう一度食べ物の羅列を見た。

これが暗号なら、どこかおかしな点があるはずだ。


「……ん?」

僕は、羅列を眺めている内に違和感を覚えた。

サラミなら、サラミソーセージと書くべきではないだろうか?

それにスパゲティもパスタって書けばいい。

いや、そもそもスパゲティやパスタという括りが大きすぎる。

ナポリタンやボンゴレ、種類を書かないと通じない。

そして、逆にマルゲリータは何故ピザと書かなかったのか?となる。

ようやく、羅列の意図が分かりかけて来た。

これはたまたまこう書かれた訳ではなく『そう書く必要があった』

『その書き方でなければ、暗号にならない』のだ。

そこで雉のイラストの意味にも気づく。

暗号を解いた瞬間、僕は呟いた。

「……ったく、電話で直接言えば良いのに……」


「……よっこらせっと」

大量の食材を詰めたクーラーBOXとリュクサックを背負い、

僕は山道を歩いていた。

何故、業者に頼まなかったのか?

これこそがあの暗号の答えだ。

雉が由来のことわざ。

『頭隠して尻隠さず』

隠れてない尻、つまり、真意は食べ物の語尾。

それを上から繋げると、

『きみにあいたい』となる。

「僕も会いたいよ」

汗を拭い、彼女が待つ山に僕は呟いた。

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僕が山に登る理由 夏目咲良(なつめさくら) @natsumesakura

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