第0章9話【油断大敵】-彼女達の力-
一言で言うなら圧巻だった。火のついたヴァルエはその言葉通り、ブレードと共に辺りを燃やし尽くした。打ち負ける事を知らず、その流れのまま、押し返す。その繰り返しだ。
時折、ヴァルエとのタイミングを合わせ、インディゴが姿勢を崩させるための援護射撃に入る。
だがノウンは、それをさも苦のない様な立ち振る舞いを見せる。避ける。時に反撃する。感極まり、時に笑う。
しかし、いくら強者だろうが、アーテルの淀みは隠せはしない。僅かにも爆発にブレが発生し、効果範囲に揺らぎが起こる。
それでも現時点では、後一歩及ばない。ヴァルエとインディゴだけでは足りない。後ひとつ何かあれば変わる。逆もまた然り。
周囲の気温が異常に上昇し、ヴァルエの投げやりな逼迫した戦闘が繰り広げられる。
圧巻。とまでは言ったものの、ヴァルエの消耗は激しく、何かを堪えているようにも見える。このままでは精神的にも肉体的にも彼女が持たない。それに加え、ブレードもだ。短剣と衝撃の衝突で見たところブレードの中心からひび割れ、欠け始めている。
更にはインディゴのアーテルの質も下がっているように感じる。溢れんばかりの美しさが今では泥のような大きな淀みが発生するまでになっている。
要するに時間がない。耐久戦ができる余力はなく、瞬発的に殺し合いを収める必要がある。
後一歩、その何かにこの場にいるヘクタが動くしかない。しかし、彼女らとの意思疎通や連携などの経験が当たり前だが一切ないので、行き当たりばったりで彼女らの戦い方にヘクタが介入すれば、バランスが崩れ、すぐさま敗北なんて笑い話にすらならない事が起きかねない。
このジレンマのような空気を直ぐにでも消し去りたかったが、できない。
彼女らとの共闘が私には想像できない。
……一瞬、ノウンが私を見た。
冷え切った私の目には彼女が確かに嘲笑ったように感じた。
その時間も束の間、ヴァルエのアーテルが当たり散らかす。
蒼い炎が右へ左へゆらゆらと揺れ、ブレードと合わさり、まるで音を奏でる楽器のように自由自在に踊る。
それに合わせ、インディゴが矢を巧みに操り、ノウンの足元、手首、首筋といった急所に狙いを定め、テンポ良く放つ。放つ。放つ。
そのアーテルは冷えた淡い色をしていたが、それでも暖かみを感じさせるような動きだった。
ヘクタは違う。根本的に戦い方が違う。ヴァルエたちは最善で完璧な立ち回りを見せて…
いや、違う。そうじゃない。完璧な立ち回りができているならノウンに反撃の隙すら与えることはない。それだけの練度が彼女らにはある。
決して、彼女らの力不足でノウンの付け入る隙を見せているのではない。
ならなんの隙だ?なんの
ヘクタは思考し、観察する。
ヴァルエがノウンに斬りかかり、それに次いでインディゴがアーテルを放つ。そして、ノウンが牽制しつつ、いつの間にか取り出した短剣で切り裂く。
この繰り返しだ。観察すればするほど違和感が増す。2人の連携に対し、ノウンの反撃の時間がやけに長い。
……そうか。この隙は後もう一人との連携をする為のもの。だからノウンはこちらを見た。足りない一人は私だと思ったのだ。
けれど、これは見るからに未知なる私の為の連携ではない。既存の完璧な連携。そしてそれを知っているのはこの場に後一人しかいない。
それなら、私の役目はタイミングを合わさせること。ならすべき事は一つ。
ヘクタはノウンに手のひらを向けてアーテルを…
「イミヤっ!!」
「はいっ!」
放つことはなく、『イミヤ』の名を確かに呼んだ。
そう、ヘクタに必要だったのは、彼女。イミヤの先導だ。
イミヤの手から黒いアーテルが放たれ、ノウンを圧する。
短剣をギリギリで構えたようだが関係ない。それにより体制を崩したノウンをヴァルエは見逃さなかった。
構えを変え、ノウンの心臓を目掛け突き刺すために腕を伸ばして…
ノウンは左手を今にも心臓に貫きそうなブレードに向けて…
「かはァ」
見るとノウンの左脇腹に深く刺さる欠けたブレードの姿があった。
赤黒い血がジュクジュクと流れ出し、服を血の色に染め上げる。
「こ…れはちょっとまずいかなぁ〜。まさか4人目がいたなんて。失敗、失敗。けど、顔は覚えた。次は無いよ。」
そうノウンは言葉を溢し、逃げるようにその場を跳ねた。
「逃がすわけないでしょ?」
追いかけようとするヴァルエは欠けて刃が半分以下になったブレードを持ち両足に力を入れ飛び出そうとすると…
「つゥッ」
大きく右足に違和感を覚えた。そこにはついさっき見慣れた短剣が突き刺さり、ヴァルエの行動を阻害する。
力を入れようにも足が震え、血が滴り滲む。
ヴァルエは不気味に笑うノウンの去る姿を歯痒さに覚えながら言葉通り手も足も出せたかった。
奴が去った後、気が抜けたのか、ヴァルエは力なくその場に崩れ落ちる。呼吸が荒く、大きく咽せる。
そのままの勢いで刺さった短剣を抜き、放り投げた。
ジクジクとした嫌な痛みに思わず顔を歪ませざるえなかった。
「大丈夫ですか!?ヴァルエさん!!」
「大丈夫。生きてるから。」
そう言い乱暴に立ち上がろうとするが…
「そう言う問題じゃありません。ダメですよ!安静にしてないと…」
イミヤもイミヤで怪我人なのだが、彼女はヴァルエの元にすぐさま駆け寄った。
ヘクタはふと違和感を感じて、辺りを見回す。…インディゴの姿が見当たらない。
どこに?…と探す必要はない。なぜならこれだけ開けた場所だ。行ける範囲は限られる。
となると、恐らくGVaの中にいるのだろう。
そう思い、静かにGVaを覗く。
するとそこには凛とした様子のインディゴの姿があった。
その凛とした佇まいにはどこか気品を感じさせるようで…
「何しにきた?」
そんな感傷も彼女の冷淡な一言で終わりを告げる。
「心配だっただけだ。何もないなら別にそれで構わない。」
そうは言ったもののインディゴの側には明らかに新目な血の跡が見えてしまった。恐らくだが、吐血したのだろう。
途中からアーテルが乱れてしまっていた。それだけ負担が大きかったのだ。
「そう。なら早くヴァルエのもとに行ってあげて。彼女の方が重症。」
「お前はそれでいいのか?」
「別に。あなたがいたとしても変わらない。」
「わかった。辛くなったら言ってくれ。」
返事は無く、空虚なまま終わるのだろうと背を向けようとして…
「それと…。あの時の隙、助かった。一応礼を言っておく。」
そう少し前屈みになり、目を瞑った。
「あぁ。」
例えそれが赤の他人であろうと礼はする。律儀なものだ。
ヴァルエの為に必要な応急処置セットを回収し、インディゴに背を向ける。
「もし、仮にリーダーと私たち、い・ち・隊の命、天秤に掛けるなら、あなたはどちらを取るの?」
砂を踏む音をはたりと止め…
「……そんな事は起こり得ない。」
振り返ることなくそう答えた。
人が人を推し測るようなぬるりとした嫌な静寂だった。
「そう…もういい。」
最善の回答なんて存在しない。それは起こってから自然と決められていくものなのだから。
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