第0章8話【趣味嗜好】-上をゆく-

 ヴァルエは昔から諦める事が嫌いだった。


 痛いのも我慢した。苦しいのも我慢した。その先にある光を目指して。


 しかしその途中、ある光を見失ってしまった。


 声ひとつ許されず、形無くす建物。風土する活気。


 ヴァルエの故郷は無くなった。たったひとつのいざこざによって。




 耳があるからなんだ。尻尾があるからなんだ。言葉が交わせるじゃないか。

 お前と私は姿が違う?そうだ違う。お前と私は違う。そんな美しい穢らわしい人間愛と一緒にするな。違う違う。そう全てが違う。


 突如静寂が襲い、光が収縮する。


 気付いたら生暖かな感触が手にこびり付き、拭ぬいでも搔き毟むしったとしても離れなかった。


 それはヴァルエが唯一保もつ燃ゆる炎の髪と瞳に決して似つかない溶ける灯火のようで…




 ……ヴァルエは目を覚ます。

 今は違う。イミヤの為に目の前の障害物を狩る。ただそれだけだ。



 だから私は眼前に迫ったうざったい障害物を首の根元から切り裂こうとして…


 吹き飛ばされた。


 痛みなんて感じない。感じるものは激情のみ。


 奴の急所は固い。


 ……ならばと、彼女『ノウン』の足元をアーテルで叩きつけ、燃やし尽くす。乾き、上昇した気温がさらに跳ね上がり、ヴァルエのアーテルに加算される。

 圧されるなら、その反動を利用してさらに加速すればいい。

 避けられるなら、そのまま薙いだらいい。


 ヴァルエは右へ左へ翻弄し、狙いを誤魔化す。騙す。それから、本命の左腕に…


「あなたは正直ねぇ〜。まるで、子供みたい。」


 左脇腹からかなりの衝撃が迸る。


 『何が』と確認するより先にヴァルエは再びノウンの視界外に弾き飛ばされる。


 傷を見るより先に感覚でわかる。痛い痛くないじゃない。やれる。まだやれる。私は動ける。


「まだまだぁっっ!!!」


 再び砂煙の中から加速し、ノウンの懐に潜り込もうとして…


 感じた。右上にすぐさまブレードを振り上げる。それは攻撃とも防御とも言える手段で…


 ガキィイィン


 その音と共に、視界がようやく追い付く。ノウンの短剣がヴァルエのブレードに刺さっていた。

 のだ。ヴァルエの炎でも溶けることのない鋼鉄のブレードに“短剣”が。


「あはっ♪惜しかったねぇ。」


 その声と共に再びヴァルエは吹き飛ばされた。


 ヴァルエは先の攻撃を受け止めなければ確実に戦闘不能に追い込まれていた。いや、今はそんな事はいい。


 何が起こった。短剣が、私のブレードを貫いた?爆破を起こすアーテルじゃない?じゃあ、彼女のアーテルは一体…。


「気になるでしょ?でも教えないよぉ〜。」


 ノウンはふざけた調子で、インディゴの迫り来る無数のアーテルをその短剣で易々と砕く。


「チッ。考えても仕方ない。」


 舌打ちと共に悪態を吐くが、やる事は変わらないし変える必要もない。ノウンのアーテルが何であろうと叩いて燃やし尽くして無くすだけだ。

 サポートなんてインディゴがやってくれる。考えることは全て彼女に任せればいい。私のすべきことは、ただ仲間を信じる。それだけだ。


「ヴァルエっ!温度を上げてっ!」


「了解ぃっ!」


 燃えろ燃えろどんどん燃えろ。


 どれだけの時がたっただろうか。ノウンに叩き斬ることをただひたすらに繰り返す。


 汗が滴ることなく蒸発し、辺りは熱量がさらに増す。

 何度も吹き飛ばされることで、段々ノウンの手癖が感覚で分かるようになってきた。


 右に斬り上げる。


 …かわされた。


 そのままブレードを左に下すと見せかけ、縦に切り替え、地面へ振り下ろす。そしてそのまま斬り上げ突きに繋げる。


 ノウンは楽しげにそのブレードを交わし続け、時にその短剣で受け止め、時にはブレードを直接爆発させ、軌道をずらす。


 ノウンの多種多様な攻撃手段に翻弄されながらもヴァルエは信じ待ち続ける。その時が来るまで。




 そうと言えども、状況は中々一転しない。決着がつけることができない。サポートあってようやく少し劣勢と言ったところだろうか。


 そんな中小さくとも異様な音が、雰囲気が、確実に迫って来ていた。


 ピシリ、ピシリと鳴る音。

 それはたった一本のヴァルエのブレードだった。ブレードは先の短剣により確実にダメージを負わされ、爆発による過多な負担で限界を迎えていた。


 ヴァルエが気づいた時にはもう既にひび割れた状態だったのだ。

 もし今この状況で、ブレードが破損すれば、均衡が崩れ、ノウンに勝利の針が傾く。そして、ヴァルエの敗北が決定されるだろう。

 そんな事は決して許されない。


 何より武器によってヴァルエが負けるなんて事を考えたくもなかった。


 ふと、ノウンの表情に変化があった。


 突然笑みを深めたと思ったら顔を顰め、ヴァルエを凝視する。そして、その軽い口を開けた。


「あんなサディスト連中と同じようなことは口走りたくないんだけれど…。あなた醜くて、わね。流石は獣人さんって言ったところかしら。」


「ガァアァァアアア」


 その言葉を聞いた瞬間ヴァルエは意識が飛びかけた。それこそ本物の獣のように。理性無く本能のみで動くケダモノ。

 けれど、ヴァルエの理性がそれを許さない。同じじゃない。そうだ。奴等となんかと同じじゃない。


 苦しい。痛い。苦しい。

 獣人の血が燃え盛り、脳が爛れるような苦痛に襲われる。

 けれどヴァルエはそれに屈しない。諦めない。


 抗え。踠もがけ。


 血がどうした。種族がどうした。そんな物は関係ない。


 扱いが大雑把となったブレードを駆使し、斬る。叩く。飛ばす。

 ノウンの息の根を止めることだけをただ考える。


 奴を殺せばいい。さっさと斬ってしまえヴァルエ。この激しく渦巻く情動に押し流されろ。そうすれば楽になる。より、理想に近づく。


 そんな声が体の内に心地良く反響する。


「ダメっ。ヴァルエ。気を確かにっ!!」


 インディゴがそう糾弾するが、ヴァルエには届かない。ましてや、ヴァルエの勢いは増すばかりだった。


 結局の所、獣は獣。人は人。なのだ。


 ノウンは、さぞ詰まら無さそうな声で呟いた。「もう終わりね」と。

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