第0章5話【延命治療】-命の価値は-

 数分経っただろうか、そうこうしている間にイミヤの待つ石油プラント裏口に到着する。


 車を止める前にヴァルエが屋根から飛び降り、裏口に駆け込んで行った。


「罠とか考えないのか。あいつは。」


「無理。直感的に動くタイプだから耳を貸さない。」


 インディゴはいつものことだと諦めていた。


「そもそも罠があったとしてもヴァルエは感じとるから問題ない。」


 GVaを静かに停車させる。

 サタブラッドの遊撃部隊が来る可能性があるため、インディゴにGVaを任せて、ヴァルエに続き、急いで進む。


 その場所に帰ってきたが、会話はない。只々静かにヴァルエがイミヤを優しく抱き上げる。

 ヴァルエの目には何か光を伴っている様だった。

 その光はやがて滴り、灰色の渇いた地に落ち黒く染める。


「早く連れて行くぞ。」


 ヴァルエはうんともすんとも言わず、黙って私に着いてくる。

 ヴァルエにとってイミヤの生存は絶望的なんだろう。彼女になにかイミヤのために出来ることが今あるのなら、少しは変わったもしれないが…


「イミヤは死なせないさ。」


「…」


 そんなありきたりで聞きなれた言葉はヴァルエの心を動かす事はなかった。


 帰ってきた私たちの空気を悟ったのかインディゴは何も言わず、GVaのバックドアを開ける。

 イミヤを離そうとしない…いや、離す気力がないヴァルエから無理やりイミヤを抱きかかえ寝台に寝かす。


「インディゴ、医療経験は?」


「……ない。」


「見たことはあるな?なら、サポートしてくれ。」


 インディゴは静かに頷いた。


 ヴァルエの方に目を向けるとイミヤを抱きかかえていた姿のまま自分を失っているかのように固まってぶつぶつと何かを呟いている。


 なぜかわからないが、彼女のそんな姿を私は見てられなくなった。いや、見たくなかった。

 それは幼きにして全てを悟り、諦めた子供たちの目に似ていて辛かった。…希望と絶望の調整がされ、一筋の光が常にあるような気がして、それに必死に縋り付いて気づいたときに振り落とされる。


 そんな世の中に光をさしたかった。だからだろうかこの時ヴァルエに強く言葉を伝えられたのは。


「…ヴァルエ!イミヤを死なせたくなければ今から言うことを聞け!」


 自棄しているヴァルエに喝を入れ指示を出す。呆然とするヴァルエの手にイミヤの血で染まったハンカチを握らせる。


「いやッ」


 その血で染まったハンカチを拒絶し振り張ろうとするが無理やり持たせる。


「お前らが乗ってきたもう一台の方のGVaを持ってこい。無理ならバッテリーだけでもいいから回収しろ。イミヤの命はお前にかかっている。」


 そう伝えるとイミヤの血でぬれた手とハンカチを交互にまじまじと見つめる。

 それから、イミヤがよく行っている深呼吸をした。


 ヴァルエは自分の頬を叩き、『わかったわ』と言って大きく跳ねていった。




 車内に緊急用で常備されている輸血パックを取り出し、インディゴと共に輸血の準備を整える。

 緊急時用のため、血液型が判断できなくても、すぐに輸血できるように元から赤血球液(RBC)O型のものが用意されている。


 患部を心臓よりも高い位置に上げ、出血を抑える。


「インディゴ今から輸血を開始する。何か変化があればなんであろうと見逃すな。」


 インディゴの返答を待つことはなかった。


 消毒液をイミヤの左手に塗り、弱くなっている脈を手探りで見つけびん針を挿入する。

 しっかりと挿入できたかどうかを確認した後、クレンメを徐々に緩め輸血を開始する。

 

 自分の心音が高まっているのがよくわかる。頬から汗が伝い、乾いた車内に滴る。

 本来ならバイタルチェックをしなければならないが機械系がすべて破損しているのだ。自力で測るしかない。


 カチッカチッと時計の針だけが音を発し、誰にもその独壇場を邪魔はさせないと鳴り響く。


 数分は経過しただろう。呼吸を確認するが相も変わらず微弱なままだ。


 けれどまだ生きている。


「…おそらく大丈夫だ。インディゴ、イミヤの左足は静脈から主に出血している。だからその静脈を指で押さえてくれ。今から縛ってあったその布を解く。」


「なぜ解くの?また血が出てくる。」


「足を壊死させないためだ。本来ならもっと早く行うべきだが、仕方ない。血を1~2分程度左足に巡らせる。」


「わかった。」


 インディゴは静脈と思わしき所に目をつけ強く押さえつける。


「早くやって。」


「ああ。」


 そう端的に返し、布の縛りを解く。

 せき止められていた赤黒い血が流れを取り戻し、左足の下に敷いていた布がじわじわと湿っていく。


「だめ。出血箇所が多すぎる。」


「わかっている。私も押さえる。」


 インディゴの反対側に回り、ガーゼを傷に圧迫させる。

 血で滲んでいくガーゼに焦りを覚え、張り詰めた空気が時を何倍にも膨張させていくような感覚に襲われる。


「まだ?」


「あと少しだ。」


 新しいガーゼを取り出し、大腿部辺りに強く巻き、血を塞き止め出血を強制的に押さえ込む。

 その行程をインディゴは見届けてヘクタに指示され、静かに指を放した。


「……終わりだ。これでイミヤに何か変化が起こらない限りは安心していい。」


 長かった原始的な応急処置を終え、ようやく空気が和む。


「インディゴ、君は水をアーテルで扱えるな?なら早く洗ってきた方がいい。ないとは思うが何らかの細菌に感染するリスクがあるからな。」


 インディゴは気が抜けたのか暫く呆然としていたが、私の指示を素直に受け入れ車外に出て手や服を洗っていた。


 ヘクタはイミヤの脈を測りながら一息つく。時計を確認し、15分経過したことに安堵した。これで山場は乗り越えたはずだ。




 と、そこでインディゴは何かに気づいたように視線を外に飛ばす。私もそれにつられ視線をそちら側に向けると黒い影が見えた。着実にこちらに向かってきており、その速度はかなり早い。


 この状況で一般人の介入はあり得ない、なにせ街から20kmも離れている地点だからだ。とするとワーマナもしくはサタブラットの援軍の可能性が高くなるが…

 ワーマナのこの任務は極秘の筈だ。ならばわざわざ全滅しているかもしれない部隊のために人員を割くとは考えにくい。


 だとすればサタブラットとなる訳だが……


 もし仮にサタブラットが我々の生き残りを殲滅するために送り込んできたのだとすれば撤退は難しく、だからと言ってここでの防衛は不可能だ。イミヤを守りながらお互いがお互いの戦力を知らずにインディゴと二人、共闘できようもない。


「あれがサタブラットならほぼ積みだな。」


 自然と冷汗が流れる。インディゴも目を凝らし、それがアーテルで攻撃できうるギリギリまで観察する。

 やがて逆光ではなくなり、車体が徐々に露わになってきた。それは砂漠では似ても似つかない灰色のボディをしており、フロントガラスは防弾ガラスなのか色がついており中を確認することができない。


 最悪の想定をし、警戒をしていると、インディゴはあっと声を漏らすともう興味をなくしたのかこちらに向いた。


「あれは私たちが乗ってきた別のタイプのGVa。ヴァルエ、そのまま持ってきたみたいだね。」


 それはヴァルエに後ろから押された一台のGVcだった。


「あれは言葉の綾だったんだが…」


「あなたの伝え方がよくない。言ったでしょ?直感的だって。」


 頭を抱えて呆れるしかなかった。

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