第0章4話【疑心暗鬼】-不安定な関わり-
一粒一粒は軽くとも集まると厄介なことに沼地のようになる。そんな砂地が私の足をもたつかせる。
それでもイミヤに指さされた方角に歩き進めること数十分そろそろ隠された車両を本格的に探し始める必要が出てくるわけだが……
「はあぁぁぁぁぁ」
突如後ろから雄たけびが発せられ、地を焼くかのような熱量と共に轟音が鳴り響いた。
立ち込める砂埃の中から姿を現したのは、暗闇に灯る一つの焔のような色をした美しくなびく髪と確固たる意志の力による朱色の眼を持つ弧族の女だった。
彼女は私を睨みつけてまじまじと姿を確認した後、言葉を発した。
「ねぇ、君?なぜこんなところにいるのかな?」
と、私を殺す気で奇襲してきた彼女はそう私に問うた。厄介事は御免被りたいが、逃げるわけにもいかない。もしかするとワーマナの隊員の可能性があるため素直に彼女らの命令に従った方が良いだろうが、今は時間がない。
「それは殺そうとしてきた奴に答える義務があるのか?」
少し悪戯気に応えてみると、彼女は不機嫌になったのか顔を顰めた。
「ふんっ。いつでもあなたなんてすぐ殺せるんだから早く答えなさい。これ以上怖い思いをしたくなければね。」
と言いながら手に持つブレードのようなもの剣先をこちらに突きつける。
彼女は落ち着くことを知らないらしい。
「すでに殺すつもりなんて毛頭ないだろう?なんなら私のことを殺すことはできないはずだ。何せ知りたい情報を持っているかもしれない数少ない人物だからな。」
彼女は鼻をスンっとさせ、喉を鳴らす。
「別に君のことを殺さなくても痛めつけることぐらいのことはできるけどね。」
嫌らしい笑みを浮かべ彼女は手からアーテルを生み出した。
この緊迫した空間で私は大きくため息をつく。
「お前の所属は?サタブラッドか?それとも…」
彼女の反応を見ながら徐々に認識のすり合わせを行う。
「ワーマナか?」
彼女の耳が少しヒクついた。実にわかりやすいことだ。この任務をワーマナが行ったという事実は職員ですら公開されていないだろうに。
「そうか、ワーマナか。」
「ちょっと!私何も言ってないじゃない。ねぇインディゴ?」
彼女はそう呼びかけると後ろから洋弓のようなものを構えた少女が姿を現す。リカーブボウだろうか。
「あなたはわかりやすすぎるの。変わって私が話をする。」
グイッと彼女を押しのける。
全てを見通すかのような冷酷な藍色の眼と美しい毛並みで鷹の翼を持つインディゴと呼ばれた少女が前に出た。
「会話ができるならどっちでも構わないさ。それでお前たちのリーダーは誰だ?それともブリリアントエンプロイと呼んだほうがいいか?」
インディゴは顔を顰めることもなく私を静かに暫くジッと見つめる。
静寂が場を支配し、何物も音を発する事さえ許されない雰囲気を醸し出す。
人に見つめられるという行為はその人の何かを見透かすようで他人同士では不快感をもたらすが、今は特にやましいこともないので目をそらすことはしなかった。
「イミヤ」
「ちょっとインディゴちゃん!?」
「落ち着きなさいヴァルエ。リーダーが心配なのは私も同じ。彼は私の眼から背かなかった。何考えてるかはわからないけど今は信用できる…と思う。」
「ううぅずるいよインディゴちゃん。」
「よくわからない人の前でネームを呼んだ罰。」
ヴァルエはともかくインディゴからはとりあえず信用を得られたようだが、イミヤの元に連れていくにはまだ足りない。その何かをどう問うか悩んでいるとインディゴから声をかけられる。
「それであなたの所属とここで何をしていたか答えて。」
「所属は今はない。過去にワーマナに勤めていただけだ。ちょっとサタブラッドの拠点が見えたから立ち寄っただけだ。金にもなるしな。」
虚偽の発言をするべきか迷ったが、ばれたときに後々面倒になるので、当たり障りのない合っているとも間違っているともとれる答えを吐いた。
「インディゴちゃんはどう思う?」
ヴァルエは手持無沙汰なのか横髪をくるくると人差し指で回しながら聞いた。
「筋は通ってる。と言っても随分と大まかな筋だけど。」
元ワーマナのエンプロイという部分に引っ掛かりを覚えたのか、インディゴは眉を潜めた。
私の言葉に信用はしているが、信頼はしていないと言ったところか…
「それで?元ワーマナのエンプロイなら、あなたにもネームがあるんでしょ?」
ヴァルエはさっさと話を終わらせたいのか、食い気味に聞いてきた。
「たしかに昔はあったが、今この状況で乗るつもりはない。」
「そう…だったら本当にエンプロイだったのか疑わしいわね。」
ヴァルエは荒々しく告げる。
「勝手にネームを話していたのはお前たちだ。そこに私は関与していない。」
「いいじゃない。ネームくらい。」
「ヴァルエそこら辺にして。時間の無駄。それで、あなたは私たちの求めてるものを知っているの?」
「その前に一ついいか?」
質問に質問で返すとインディゴは不快そうにため息をつく。時間の無駄だと言いたそうな顔だ。けれど、インディゴは仕方ないかと頷いた。
「それじゃあイミヤが好きなものは?」
ヘクタのその問いにインディゴは意味がわからないと困惑し、少しの間ぽかっと惚けていたがすぐに表情を戻して、ヴァルエの方を見上げた。
「音楽。特に『ヴェラージュの呟き』」
ヴァルエは疑念を抱くことはなかった。彼女は誰にも有無を言わせないと思える速度で即答した。
そんな様子のヴァルエにインディゴは頭を抱えているようだった。
これでほぼ彼女らはイミヤの部隊の一員と言うことが確定した。
もし、彼女らの組織がサタブラッド、又は未確定の場合、重傷のイミヤの所に連れて行くにはリスクが高すぎる。だから、最低でもワーマナの部隊である必要があった。
一人イミヤに心酔しているようで、不安要素は若干残ってはいるが、欲しかった確信を得られたので、それでよしとしよう。
「早く移動するぞ。イミヤのところに連れて行く。あと、GVaはまだ使えるか?」
「ううん、機械系が全滅。手動じゃなければ動かない。」
「それよりも、イミヤちゃんに何もしてないわよね?何かしてたら君をすぐに殺してやるわ。」
ヴァルエは私の首元にブレードのようなものを既の所で止め、恐喝する。
ブレードの勢いでそれはまるで鉄球が落ちたかのように砂埃が舞った気がした。
「治療以外何もしていない。と言っても初歩的な治療だけどな。」
「怪我しているの!?……いや、嘘だったら許さない。」
激しく動揺しても取り付くろうとするヴァルエに私は肩をすくめた。
ガチャリとヴァルエはブレードを乱暴に下ろし、ヘクタから視線を外す。インディゴに確認でも取っているのだろう。
ヴァルエの扱いは難しいだろうと肌身で感じとりながら軽車両の運転席に乗り込む。
「EMP攻撃か…機械系の故障だけなら何とかなりそうだな。」
レバーを弄りながら動作確認をし、移動できる事実を確認するとヘクタは、ほっと胸をなでおろす。
正直な話、イミヤの診察と治療のために機械系こそ生きていて欲しかったが、無いものを強請っても仕方がない。
「あなたもしかして運転できるの?てっきり直すのかと思っていた。」
インディゴが助手席に席を置き、そうヘクタに問いかける。
「あぁ、特段不思議なことでもないだろ?」
「今となっては旧時代のお飾りでしかないのにね。」
ヴァルエはそう嫌味ったらしく食い掛ってくる。いや、実際に嫌味だろう。こんな世界なのに何無駄な時間過ごしてるんだってな。
「でも、今実際助かってるだろ?」
「そうね。」
その言葉とともにGVaを発進させる。何事も覚えておけば物事が有利に働くことが多々ある。知っていれば…と無知を憎悪し、人という小ささと無力さを痛感するよりは良いだろう。
GVaは重力車だ。操作性が悪く機械による自動運転が主流となった今では乗りこなせるのはごく僅か。操作方法は今現在失われているといっても過言でもない。自動運転が可能ならそのプログラムを解析して見ればいいと思うかもしれないが、今更そんなものを解析しようとするモノ好きは運転手よりも更に数を減らす。
私が運転している時、インディゴは珍しそうに、マジマジと凝視していた。面白いものではないが、間近で見れる機会はそうないだろう。
それに対し、ヴァルエはGVaの屋根に乗り、辺りをキョロキョロと見回し、警戒していた。
「あまり動くと車両から落ちるぞ。」
そう注意したが、ヴァルエは何があってもすぐに動けるようにしていたいのか、涼しげな顔でシカトされた。
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