第0章3話【危機状況】-決意の先には-
ひび割れた壁から陽の光が暗闇を照らし、二人を存在をあるものにする。
「イミヤ、体力は大丈夫か?」
出血多量でイミヤはいつ気を失ってもおかしくない状況だが、その様子を彼女はちらとも見せようとしなかった。
「ええ、大丈夫です。それよりも早く移動しましょう。いつこの石油プラット自体を爆破されるかわかりません。」
イミヤはゆっくりと壁に寄り添って立ち上がろうとした。流石に歩かせるわけにもいかない。私はその場にしゃがみ込む。
「ほら」
「さすがにそれは…」
流石に恥じらいがあったのか断ろうとする。が、うまく立ち上がれなかったのか、「きゃっ」と悲鳴を上げ体勢を崩してそのままの勢いで私に倒れこんできた。
そんな彼女をそのままおぶった。緊張状態であったイミヤは安心したのかその身をヘクタに委ねた。
「すみません。ヘクタ。」
「いいよ。それよりもイミヤ達はどうやってこの場所に来たんだ?軽装車か?」
「はい。GVaです。ですが、そのGVaも破壊されている可能性が高いです。」
「だな、ここまで用意周到に罠を仕掛けたんだ。移動手段を奪われていると見るしかないか。」
半ばそうではないかと考えてはいたが、確認しないことには始まらない。『報告連絡相談』今の時代になっても企業や軍では大事にされている古き良き言葉だ。だけれども私が嫌いな言葉だった。
「ヘクタは何でこちらまで来られたんですか?」
当然の疑問だろう。流石に徒歩で私もこんなところには来たくない。
「バイクだよ。だから、イミヤを乗せることは難しい。他の移動手段を探すしかない。」
そうですか。と少し残念そうな声を出した後、移動手段を考えているのか黙り込んだ。
今最も必要としているのは移動手段だ。イミヤと共にこの場所から移動して、約20kmの地点にある一番近い町『ニュンベルク』に向かいイミヤの治療をしなければならない。そのことはイミヤもわかっているだろう。
しかし、その街に徒歩で行くとなるとここから、約8時間。着くころには昼だ。そうなると道中、負傷したイミヤの体力的に移動が困難になるだろう。その上で、問題となるのは気温だ。
この土地の気温はいたって普通とは言い難く、難儀な性格をしている。
夜は冷え込むが、朝にかけて徐々に気温が上がり、昼には40度近くまで上昇することにより、陽の陰でさえ熱し上げる。オアシスに入ればその限りではないが、新たに発見するとなると時間がかかりすぎる。
かといって、この乾いた土地で夜まで待機して、ワーマナの助けを待つことは現実的ではない。サタブラッドの偵察隊が来る可能性も否めず、危険だ。
「しかたない。GVaを確認した後、他に使えそうな設備を探そう。」
「そうですね。それでいいと思います。」
「他に何かあるか?」
そう聞くとイミヤは少し考える素振りを見せた後、いえ、大丈夫です。と淡々と答えた。
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とりあえず方針が決まった。けれど、時間ができたわけではない。
ぬるい風に晒されながら暗い廊下をコツコツと歩き進める。あまりの蒸し暑さに汗が滴り、乾いたコンクリートがその水分を欲するように滲む。イミヤの呼吸は荒く、その顔は青白く変化している様だった。
「もう少しで外に出られる。もう少しの辛抱だ。」
イミヤが負傷してから既に30分は経過している。イミヤ自身のアーテルによりなんとか耐えられているようだが、長く続くわけではない。一般人の場合、適切な処置を行わなければ出血性ショックにより約2時間で死に至る。
実のところGVaを奪取できたとしてもイミヤの体力が持つかどうかは五分五分だ。迅速に輸血を行わなければならない。
「…そんなに心配しなくても私は大丈夫ですよヘクタ。私にはアーテルがあります。」
気怠そうな瞳をこちらに向けながら、ヘクタの頬に触れる。
「いくらアーテルがあるとはいえ、危険な状態にあることは変わりないだろ?あまり話すな。外は暑いんだ、今のうちに体を休ませておけ。」
そう告げるとイミヤは嬉しそうに微笑み静かに目を瞑った。
静かな空間に靴音を反響させながら歩き続けること10分、彼女らが通ったであろう最初の扉の近くまで辿り着いた。ここからは本格的に陽が照らす。
「イミヤ。ここで待っていてくれるか?君らが乗ってきたGVaを探してくるよ。」
「…わかりました。私たちの車両はここから10時の方向、約4km先にあります。気をつけて行ってきてください。……またいなくなったりしないでくださいね。」
そう言うイミヤを降ろし、壁に凭れ掛けさせる。水のボトルをイミヤの手に持たせ、ゆっくりと立ち上がった。
イミヤは、そのヘクタの後ろ姿を見上げる。
私には、大きすぎるかな…。
イミヤの呟きは静かな暗闇にかき消された。
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