第0章2話【強襲作戦】-行き着く先は-

a.m.4:30



カチッザー……

 『こちらヴァルエ。これからサタブラッドの拠点と思わしき、破棄された石油プラントを強襲をする。タイミングはこっちがするからそれに続いて!』


 「……わかりました。タイミングは任せます、ヴァルエさん。正面だとしても何があるかわかりません。十分気を付けてください。失敗した際は私たちにかまわず撤退してくださいね。」


 『それはできない頼み事。それと、失敗はあり得ない。……けど、もし失敗したなら意地でもイミヤちゃんだけを連れて帰る。』


 「気を付けて、あくまで今回の任務は違法アーテル結晶の回収です。引き際を見誤らないように。」

ピッ…ツーツーツー


 イミヤは、その言葉の真意がわからないと思いつつ、いつも軽口を言うヴァルエの心配する。


 今は重要な任務の最中だ。ワーマナ本部に戻るまで、油断することはできない。


 特殊なトランシーバーとの接続を切り、合図があるまで部隊の仲間と共に塀裏で存在感を消す。


 今回の作戦はヴァルエさんの部隊が石油プラントの正面で陽動を行い、私たちの部隊は裏口から侵入。目標物であるアーテル結晶の確保となっている。ここでもし、サタブラッドに発見されれば、ヴァルエさんの陽動も無に帰し、即座撤退しなければならなくなる。そうなれば、この作戦は失敗。私はワーマナから糾弾されることとなる。


 自分の呼吸音がはっきりと聞こえ、トクントクンと止むことのない心拍音が私の耳を刺激する。


 数十秒はたっただろうか、作戦前の重い空気がイミヤの小柄な体を強張らせる。刹那、爆発音ともとれる重たく高い金属音をその耳で捉えた。


 「…私たちも行きましょう。」


 そう部隊の8人に声をかけ素早く砂地を進み、石油プラントの裏口から侵入する。錆のような臭いが漂い、無法者でさえ拒むような雰囲気がそこにあった。この場所で何があったのだろうか。

 想像をしても仕方がないが、せざる得ないほどの恐怖が部隊を支配する。

 一歩また一歩と慎重に裏口を進むとやがて一つの扉にたどり着いた。


 ここは私が…と言わんばかりに部隊の一人が、扉の隣にある壁に張り付き、音を確認する。操作パネルらしきものを触れ、彼は肩を落とした。


「イミヤ隊長。この扉、まだ生きています。真っ当に解除するとした場合、最低でも5分は食われます。」


「そうですか…わかりました。この扉を破壊します。皆さんは少し距離を取っていてください。」


 イミヤは扉から2歩下がると手を前にやり、アーテルを発動する。黒い球のようなものを作り出し、扉に向けて飛ばす。

 すると、そこにあったはずの障害が、金属特有の音を発しながら、そのアーテルに飲み込まれるように形を曲げ、道が開けた。


「ここからは十二分に周囲を警戒し、先に進みましょう。」


 イミヤが振り返り、巻き込まれていないかと部隊の無事を確認する。ひしゃげた扉を潜り抜け、部隊を連れてこの建物の中心にあるとされる違法アーテル結晶を回収するため急ぐ。


 この場の不愉快さに顔を少し歪める。


 イミヤはこの石油プラントに来てからずっと違和感を感じていた。喉に骨が刺さるように、言葉にできない何かがつかかっていた。やるせない気持ちを抑え込んで、このサタブラッドの拠点を強襲することを決定したが、今になってもこの違和感の正体がつかめない。


 腕時計を確認し、この建物に侵入してから20分経ったころだろうか。サタブラッドの人間が、つい最近まで使用していたであろう部屋を大雑把にクリアリングしつつ通り過ぎる。

 けれど、この状況は明らかにおかしい。この建物に侵入してから人の気配を感じないのだ。機械に全て管理を任せている施設もあるにはある。しかし、この建物には最近まで使用していた痕跡があるのだ。ならなぜ誰もいないのだろうか。


 胸のざわめきを押し殺しながら、彷徨うように答えを求めるように歩き…

 やがて、最奥の真新しい扉を眼の前にする。

 違和感をすべて押しのけ金庫のような丸い扉を開くことに集中する。


「ふぅ」


 一度深呼吸をして心を落ち着かせる。ゆっくり、ゆっくりとアーテルを練り上げ扉に向けて放つ。

 そのアーテルは有無を言わさず全てのモノを吸い込んだ。メキメキと音を立てながら破壊される光景を横目にイミヤは自身の見落としを探す。


 何が違うのでしょうか。私は今まで何を感じたの?


ザーッザッ

「…ん!いみ…………イミヤちゃん!!」


 突然トランシーバーが反応する。任務終了まで使用しない手筈だった。どうしてと疑問を抱く前にトランシーバーを手に取りヴァルエに呼びかける。


「何かあったn……」


 目の前がまっしろになった。いや、突然視界が真っ白になったことしか理解ができなかった。


 キーンという耳鳴りと共に体中が鈍器に殴られたのような感覚に襲われた。











「……な…にがあったの?」


 そう掠れた声を絞り出す。

 頭が回らない。考えることを拒むように体中の痛みが脳に警告する。記憶の前後がどうも思い出せない。曖昧になった意識に鞭を打ち、今の状況を把握することを優先する。

 意識を失っていたのだろうか。体に少し浮遊感を覚えた。

 虚ろに目を開けると黒い何かが私に凭れ掛かっていた。痛みによる感覚の麻痺なのだろうか。あまり重さを感じなかった。それをどかすために手を動かすとそれはあっさりと横に崩れ落ちた。


 これ以上傷を深めないためにゆっくりと立ち上がろうとするが、あまりの痛さに思わず声が漏れる。左足が動かない。腱が切れてしまったのだろうか。壁を頼りにようやく立ち上がる。

 ふと、私の部隊はどうなったのだろうか。気づいてしまった。強力なアーテルを持つ私でさえ重症なのだ。その不安がイミヤにさらなる不安を生んだ。


「……誰かいませんか?誰か生存者は?」


 静かなこの空間をイミヤの声が反響する。明かりは隙間から差し込む陽の光に頼るしかない。

 縋るように周りを見回す。爆発によりがれきが飛び散り、焦げた血肉の臭いが漂い、かつて人の形をしていたであろうモノが散乱していた。


 あまりの衝撃で呼吸を忘れ、思わず噦く。死に地を経験することは今まで何度もあった。けれど、これ程までに悲惨な光景を見るのは初めてだった。


「……私が原因?私が…これを?」


 目を錯綜させながら両手を顔に覆う。

 嘗て仲間であった人が惨たらしく潰える光景なら嫌と言うほど見た。言い方は悪いが自然と慣れた。慣れることができた。これは私の責任ではないと。常に逃げ道があった。けれど、これは自らの失態によって起こってしまった惨状だった。


「私があまりにも不注意で無警戒だったから。あまりにも迂闊だったから。私の……せいだ。私が悪いんだ。だから…」


 彼らは死んだ。遺言も許されず。知人に家族に見送られることもなく。あっさりと。


 部下を持つという責任の重さに、人を扱うという事実にあの時向き合っていたら何かが変わっていたのだろうか。


 イミヤはズルズルと壁に引き寄せられるようにずり落ち、その場にへたり込む。


 そもそも、この部隊を任されたのは『上官』という務めを果たせるからではない。前任が突然姿を消した穴埋めだ。アーテルがたまたま他の人よりも強いという理由で選ばれた。只々それだけの理由。


「私は皆さんを守れるアーテルだったはずなのに。……救えなかった。助けられなかった。私を信じてついてきてくれた皆さんを。」


 手から砂が零れ落ちるように、いとも簡単に命が散った。


「そうだな。イミヤ。」


「ッ!!」


 部隊の人ではない。誰?なんてことは聞くことはなかった。私がよく聞きなじんだ声だ。

その声に縋るように顔を上げる。

 今まで連絡を取りたくても取れなかった人がそこにいた。数年前、ある作戦行動中に行方不明となった青年だった。そして……私の元隊長。


 思わず息をのむ。


「どうしてあなたが…幻…なの?」


 夢でも構わないとイミヤは目の前の青年に手を伸ばす。


「ヘクタ……私は…私はどうすれば?」


 その青年ヘクタはイミヤの手を取る。イミヤの体から流れ出る血をヘクタの上着で止血し、特に酷い状態である左足に巻き付け、締め上げる。


「何があったのかは、この惨状を見ればわかる。が、それを俺に…いや、私に聞くべきなのか?」


 イミヤは俯きながら、首を横に振る。


「ならわかっているだろう?人の上に立つということはそれと共に責任も生じる。その責任は仲間のものではないし、ましてや他人のでもない。イミヤの問題だ。」


 イミヤは顔を歪め、悔しそうな表情をし、彼女は何も言わずに静かに頷く。


「私は昔から言っていた。イミヤは他人事のように物事を捉える癖があるって。」


 その言葉を受け止めイミヤは自身の手のひらを見つめる。


「……わかっていたはずなんです。命を預かるということを。けれど…けれどっ実際は違った!」


 イミヤの声が徐々に高まり、涙ぐむ。


「…この惨状を防ぐ方法はいくらでもあったんです。けれど私は、その全てを蔑ろにした。私はまだ、隊長という地位に着けるほど、成長していなかった。意思が、行動が、何もかも足りていなかった。」


「私は、薄情です。私が彼らを殺したのに。殺したのは私なのに。」


「機会はいくらでもあったのに。彼らは私のことを思ってくれていた。それなのに、私は彼らを気遣うことが、彼らを考えることが怖かった。私が逃げたせいで。私のせいで…。」


 ヘクタはイミヤにそっと頭に手を乗せる。イミヤはその厚意に甘えようとしたが、イミヤはハッとしたような表情をし、後ろめたさを感じたのか目を背けた。


「確かにイミヤは彼らを殺した。その事実は変わらない。」


 彼女は歯を食いしばる。いつもは夜空のように輝いて見えるようなその瞳は暗く沈んでいた。


「悲しむことはいい。それは人として当然の反応だよ。けれど目を背けてはいけない。彼らの意思が無駄になってしまうことは許されない。それが、生者が死者にできる、せめてもの償いだ。」


 私はそう言い切る。これはヘクタ自身の勝手な考えだ。相手に対して自分の考えを押し付けることは酷く傲慢だと私は思う。それでもヘクタは続ける。


「イミヤは十二分に頑張ったよ。」


「頑張るだけじゃ皆さんを救えません。」


「イミヤは、救えるさ。」


「彼らを救えなかったのに?」


「そう。彼らは救えなかったかもしれない。けれど、これからイミヤは多くの命を救う。」


「そんなことわからないじゃないですか!そもそも、私は、私が仲間だと、隊長だと慕ってくれていた彼らを守りたかった。救えるのなら救ってあげたかった。」


「わかっているじゃないか。そうだ。イミヤは彼らを守りたかった。救いたかった。彼らも同じだ。」


「イミヤはできるよ。守ることが、救うことが。」


 イミヤは口をつぐんだ。求めていた言葉をじっくりと咀嚼するかのように。


「今回守ることができなかった。なら、これからそれよりも多くを守ればいい。」


 すうぅ…イミヤは深呼吸をする。


「気持ちの整理がつきました。ありがとうございます。そして、ごめんなさい。」


「大丈夫。イミヤにはこれからがあるよ。まだやり直せるさ。」


 彼女は落ち着きを取り戻したようだった。


「ヘクタ…私強くなります。皆さんを救えるように。」


 あぁ。と端的にそう返すとイミヤは嬉しそうに頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る