第3話 悪役令嬢率99.99%

フレーラン王国が直面している「魔法の弱体化」。それはこの世界において、致命的なダメージを与えている。


王国の身分社会の根幹は、ずばり「属性魔法が使えるか否か」。

属性魔法は一般魔法よりも強大な分、多くの魔力を消費する。魔力量はだいたい血統で決まるため、属性魔法は高い魔力量を持つ貴族特有の魔法なのだ。

だから、庶民は属性魔法を使える貴族には逆らえない。その分貴族は、自らの魔法を民のために使う。それは貴族と神も同じだ。神官となった貴族は優れた属性魔法を用いて神を楽しませ、代わりに神は神託を授ける。

そんな封建制の要石キーストーンたる魔法が弱体化したら、国の基盤が崩壊しかねない。


(そんな危機的状況下に転生するのも、転生モノあるあるだよねぇ……)

これはいよいよ、救世主としての主人公登場が濃厚になってきた。それまでに手を打ちたい。

それに、魔法が弱体化している理由は大方予想がついている——“黒紋の呪い”だ。


属性には火、水、風、土、氷、雷、そして光と闇がある。もちろん後者2つは希少属性で、最後に保有者が記録されているのは五百年も前だ。

保有者は物語のキーマンになるため、転生者に最も与えられやすい属性ともいえる。

魔法属性は魔力紋の色で分かるのだが、私の色は黒。黒紋の属性は——


——不明。文献にも載っていなかった。


(いや不明って!黒なんてほぼ100%闇属性じゃん!黒なのに光属性持ちだったら、製作者どんだけ拗らせてんだって話だよ!もうこれ確実にシャルロットが悪役令嬢じゃん‼主人公は光属性持ってて、どうあがいても対抗勢力になっちゃうパターンじゃ——ん‼)


これを知った時、私は天を仰いで慟哭した。闇属性の主人公だぁ?それは悪役令嬢だけだ。しかも闇属性、このフレーラン王国ではかなりの曰く付きらしい。


詳しいことはどの文献にも載っていなかったが、五百年前に光属性と闇属性は国を巻き込んで戦ったらしい。

当然というか、勝利を制したのは光属性。この時の光属性の子孫が今の王家で、その分家が月光神殿を建てたという。やはり光属性の末路は華々しい。

一方の闇属性は高貴な生まれだったにも関わらず、その後処刑。親族も血統を絶やすべく皆殺しにされた。


その時の闇属性——以下“先代の黒紋”と呼ぼう——は処刑される直前「いつか自分の意志を継ぐ者が必ず現れる。私より暗澹として闇をまとった、黒の使いが」と呪いの言葉を吐いたという。それ以来闇属性は忌避され、少しでもその兆候を見せた子供は秘匿処刑されているのだ。


にもかかわらず、一切の兆候なくして黒紋を発現させた者。魔法の弱体化の引き金を引いたのは、町以外なく私だろう。先代の黒紋が遺した、呪いを完遂する者として——。


表情が暗くなる私。それを将来への不安だと思ったのだろう、師匠は優雅に微笑みかけた。


「まあシャルロット様は魔法の才能が並外れているから、心配ないと思うわぁ。ワタシのお墨付きよぅ」

私は自然な笑顔を努める。そこは心配ないです。すでに魔力紋発現してますから。


「やっぱり、聖騎士団団長のギュスターヴ様のような火属性かしらぁ。それとも月光神殿一の神官・アデレーヌ様のような氷属性かしらぁ?確か兄上様のアダム様は雷属性だったわよねぇ。あ、もしかしてぇ……ワタシと同じ風属性だったりしてっ」

瞳をハート形にして妄想を繰り広げる師匠。

私は自然な笑顔を努める。ごめんなさい師匠、私闇属性なんです。


フランボワーズ公爵家は、代々才色兼備の家として多彩な人材を輩出してきた。国王に仕える聖騎士団団長の父上、歴代指折りの神官と言われる母上、お兄様は若くして文武の才に恵まれ、王国一の名門・ロレーヌ学院の首席。二世団長とも、歴史を変える大魔法使いとも期待されるサラブレッドだ。


……そんな家に、黒紋持ちが生まれてしまったら?人生設計図が地獄絵図に様変わりするだろう。家名に傷がつくのは勿論、神官でも師匠には黒紋持ちを見抜けなかった罰が下ってもおかしくない。

まあ色々アレな方ではあるが師匠のことは慕っているのだ、今後平和に生きていくためにも余計な軋轢は生みたくない。っていうかまず、先代の黒紋の意志って何。何をしたかも記載されていないのに。でも転生モノあるあるに乗っ取れば、闇属性持ちの悪役令嬢として、光属性持ちの主人公を徹底的に苦しめる……と言ったところだろうか。


まあやりませんけど!誰かを苦しめるなんてそもそも人として狂っているし、悪役令嬢に転生した身としては特級死亡フラグだ。何が何でも他人に優しくしてやる!


(……だけど……魔力紋はどうやって偽造すればいいんだ?)

他の属性魔法は使えない。一般魔法でも火を起こしたり水を湧かしたりすることはできない。黒紋そのものは偽造できても、魔法そのものを偽造することはできない……。


雷撃に打たれたような衝撃。

そうだこれなんて、転生モノオタクらしい解決法じゃないか……!


(六歳までに魔力紋が出なかったことにして、婚約破棄かつ修道院に出家すればいい!)


そうだそうだ、何故気付かなかったんだろう。「貴族=属性魔法が使える」の等式さえ崩してしまえば、体面でしかない婚約なんて簡単に破棄できる。魔法が使えた方が便利だろうから、一般魔法のスキルは極めておこうと思うけど。属性魔法には手を出さない。強力な闇魔法を使う悪役令嬢、この代名詞だけで処刑確定なのだから。


フレーラン王国では、身分によって通える学校も違う。この流れだと、稀少な光属性持ちの主人公が、貴族しか通えない特別な学院——それこそロレーヌ学院に転入してくるはず。その時、私が貴族から庶民に降格されていれば。いっそのこと修道女にでもなって、修道院で過ごしていれば。主人公とは出会わず、まだ見ぬ攻略対象をめぐって争うこともない。乙女ゲーあるあるの悪役令嬢処刑エンドは100%回避できる!


なんだか、脱力系俺TEEの主人公にでもなった気分だ。実力は徹底的に隠し続ける。

それしか方法はない!

鼻息荒く心に誓った。これで私は処刑エンドを回避して、平和な庶民ライフを送るんだ!





……だけど私は知らなかった。この世は、そう簡単にはいかないことを————。













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