第2話 処刑エンドを回避したい
超有名乙女ゲー「君は月夜に誰を思う?」の世界に転生したのに、私はそのゲームを全く知らなかった。自分の転生先——公爵家令嬢シャルロット・レミリア・フランボワーズがどういうキャラなのかも知らない。
ただ状況的に考えて、私ことシャルロットが悪役令嬢である可能性は高そうだ。このまま何もせずに暮らせば、最低でも7年後を目安に私は処刑される——。
(だったら、どんな状況でも打開できる能力を身に着けるべし!)
世話係のドーナが目を輝かせる。
「素晴らしいですわシャルロット様!姿勢、食器の運び方、雑談への返し方、すべてが美しゅうてございます……!」
「ありがとう、ドーナ」
優雅に紅茶を飲みながら私は言った。
あの覚醒から三年。私は、今からできることに片っ端から手を出していった。貴族の礼儀作法はもちろん、文学に料理に園芸に裁縫に……。もちろん学問や運動も忘れない。父上に頼み込んで家庭教師を何人も雇ってもらい、私は朝から晩まで勉強漬けの日々を送っている。
三年前、私が自分から令嬢教育を頼んだ時、イスから転げ落ちた父上の姿が今でも鮮明に思い出せる。我儘三昧の我が子に呆れていた彼は、肩をガシッと掴んできて滝のような涙と共に
「シャルロット……やはり、王太子との婚約が転機になったか!王太子妃への覚醒は、そなたの父として誇りに思うぞ!」
そう嗚咽混じりに言われたのだ。いや、私が覚醒したのは転生者としてなんだけど。
「では、本日のテーブルマナー講義はここまでに致しましょう。お次は一般魔法の修練でございますね、マデライン様がお庭でお待ちです」
「分かったわ。ごきげんようドーナ」
綺麗なカーテシーを残し、私は庭まで瞬間移動した。
「あらぁ、ごきげんうるわしゅうシャルロット様。このお年で上級移動魔法・
「お褒めにお預かり光栄です、師匠」
春の花々咲き乱れる庭で、ワインレッドの髪をなびかせたナイスバディな美魔女が待っていた。彼女はベアトリーチェ・ローゼ=マデライン。若干アレな人ではあるが、私の魔法の師匠だ。
君月はただの乙女ゲーではなく魔法バトル要素もあるようで。師匠に聞いたところ、この世界の魔法は主に2種類。
身体強化や物体操作など、特定の属性に縛られない「一般魔法」。
そして個人の持つ魔法属性に左右される「属性魔法」だ。
属性魔法は魔力紋が現れるまで使えない。だから私は魔力紋を隠し、一般魔法のみを教わっている。
「うふふっ……これならシャルロット様と人目につかないところへ飛んで、アンナことやコンナこともぅ……」
「師匠、さっさと始めましょう」
恍惚とため息をつく師匠をバッサリと切る。不服そうな顔をしつつも、師匠は元に戻ってくれた。
「それじゃあ昨日の復習から始めましょうか。シャルロット様、上級創造魔法・
「はい!」
瞼を閉じ、花々で編まれた城を鮮明にイメージ。全身に練り上げた魔力を回し、虚空に右手を突き出して詠唱した。
〈在りし虚空の塵芥よ、我が想いを現したまえ!〉
バシュッ‼
掌から七色の閃光がはじけた瞬間、地面から大量の植物が芽吹いてきた。それらは瞬き一瞬のうちに天高く伸びたと思うと、複雑に絡み合い、美しい花々を咲かせる植物の城を創り上げてた。花の香りもかぐわしい。
「できた~!見てください師匠、花の開花具合も完璧ですよ!」
「うふふっ、上出来よぉ。さすが私の一番弟子」
師匠に抱きしめられる。たゆんとした柔らかさと弾力のある双丘に顔がうずまり、耳が燃えるように熱くなった。
「し、師匠!いいいいくら同性とはいえ、恥ずかしいですすすすッ!」
じたばたするも、やわやわした丘と案外強い師匠の包容力に、ギッチリ捕縛されてしまう。
「あらぁ、この状態じゃ
「な、ななっそんなことありませんよ!」
慌てて師匠の腕の中から抜け出し、ジト目で睨む。
(……この師匠と付き合っていたら、処刑されるより先に心臓が破裂しそうな気がする……)
これでも師匠は母上の親友で、国王に神託を捧げる最高位の神殿・月光神殿に使える神官。月光神殿の信託は国を左右するほど影響力が大きく、そこに仕える神官もまた高位の魔法使いでなければならない。
……いいのか、神官がこんなに危うい人で……。
「それにしても、まだ六歳でほとんどの上級魔法をマスターしてしまうなんて、素晴らしい魔法の才能よぅ。このままいけば、ワタシと一緒に月光神殿に仕える未来も……♡」
「嫌です。断固拒否します」
「ええぇ~どうして?もちろんワタシの欲望もあるけれどぉ」
あるんかい。
「年々貴族の魔力が弱まっているのも事実なのよぅ?魔力紋が現れない貴族の子も増えているみたいだし」
ぐっ、と言葉に詰まる。六歳児でもわかる現実だった。フレーラン王国はかつてない危機に——「魔法の弱体化」に見舞われている、と。
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