第31話

「にゃあ。」


 ブチ様は私の肩にトンッと軽々しく飛び乗った。

 私はブチ様が肩に飛び乗ってきた衝撃で、元々不安定な足場からバランスを崩して滑り落ちてしまいそうになる。それをいち早く察知したブチ様が私の肩に爪を立てる。


「いたっ……。」


 バランスを崩していたところに肩の痛みで、足下がふらふらとしてしまい。椅子の上からバランスを崩して後ろに倒れてしまう。


「にゃっ!?」


「きゃあっ!?」


 ブチ様は手足をバタバタさせて空中で落下の体勢を整えているようだけれども、私にはそのような反射神経はない。このままテーブルに背中から落ちるか、それともテーブルにぶつかったあとに床に落ちるのか。

 どちらにしろ、痛いに決まっている。

 私は落下の衝撃に備えて目をギュッと瞑ると、唇に暖かい何かが触れる感触があった。それとともに、身体を暖かい何かにぎゅっと包まれる。

 とても安心する体温と、お日様のような匂いが胸いっぱいに広がる。


 ドサッ。


「いっ……。」


「きゃっ……。」


 軽い衝撃とともに床に転がる。


 思ったよりも痛くない……?

 

 私はゆっくりと目を開けると、何故だか裸の男性に抱きかかえられていた。

 

「えっ……。だ、だれっ!?」


「いてぇ……。意外とお転婆なんだね。アマリア嬢は。」


「あっ……。ご、ごめんなさい。」


 思わず驚いて目の前にいる男性の胸元を思いっきりはたいてしまった。

 銀髪の男性はにっこり笑いながら私の名前を呼んだ。


「あれ?私の名前、どうして知っているの?」


 不思議に思って問いかける。それに、先ほどまでいたブチ様はどこ?

 私はきょろきょろと辺りを見回す。


「あっ……。」


 辺りを見回すと、ユースフェルト殿下が銀髪の男性の下敷きになっていた。私は銀髪の男性に抱えられた状態だったし、どうやらユースフェルト殿下は私たち二人をその身体で受け止めてくれていたようだ。

 ユースフェルト殿下はあまり好ましくないけれど、ユースフェルト殿下のお陰で衝撃が和らいだようなので心の中で一応感謝をしておいた。

 ただ、ユースフェルト殿下はいたが、先ほど通風口から飛び降りてきたブチ様の姿は見つからなかった。部屋の中にはテーブルと椅子以外の家具はなく、猫でも隠れられるような場所はないのに。

 もしかして、通風口の中に戻ってしまったのだろうか。


「このままだと、ユースフェルトが可哀想だね。アマリア嬢。ユースフェルトの上からおりようか。」


「は、はい。」


 私は銀髪の男性に手を取られてユースフェルト殿下の上から降りる。ユースフェルト殿下は私たち二人を受け止めた衝撃でどうやら意識を失ってしまったようだ。

 それにしても、私たちを受け止めてくれたということは私を助けようとしてくれたということだろうか。

 あり得ない考えが頭に浮かぶ。

 

 いいや。それはないか。あのユースフェルト殿下だものね。


 あり得ない考えだったと、私はすぐに頭を横に振る。

 なにはともあれ助かってよかった。


「あの……助けてくれてありがとうございます。えっと、でも……その服を着ていただけますか……?」


 お礼を言ったはいいが、目のやり場に困る。

 私は耳まで赤くしながら、そっと銀髪の男性から視線を逸らした。


「ああ。そうだった。すまない。」


 銀髪の男性はあたりをキョロキョロと見回して何もないことを確認すると、ユースフェルト殿下の服に手をかけた。


「……っ!!?」


 何をするのかと見ていると、銀髪の男性はユースフェルト殿下から服を脱がし始める。そして、その服を自らが纏った。


「……うーん?ちょっとキツいかな。特に胸や二の腕がキツいなぁ。丈もちょっと短いな。」


 ちなみに銀髪の男性は太ってはいない。ただ、筋肉が均等に身体についているのだ。

 ユースフェルト殿下みたいに筋肉?なにそれ?おいしいの?という身体ではない。

 鍛錬を欠かさずおこなっているような均等のとれた体つきをしているため、ユースフェルト殿下の衣服のサイズが合わなかったようだ。

 それにして、この国の王子殿下の服を剥ぎ取って自ら身に纏ってしまうだなんて、怖い物知らずの男性のようだ。

 ユースフェルト殿下のことも知っているみたいだし、いったいこの男性は誰なのだろうか?

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