第30話

 部屋の中にはテーブルや椅子はある。

 けれども、入り口はドアしかない。

 通風口はあるが、高い位置にあり、テーブルや椅子の上に乗っただけでは届きそうにない。

 部屋の中の様子を冷静に観察して私はあることに気づく。この部屋にはユースフェルト殿下と私の二人だけしかいないということに。

 貴族の令嬢として、結婚前に男性と二人っきりで部屋に入るのはタブーだ。誰かに見られたら醜聞を隠すために結婚しないといけないことになる。

 相手に婚約者がいない時は確実に結婚という流れになる。婚約者がいても、その婚約者から婚約破棄を言い渡される可能性もある。その場合も、部屋で二人っきりになった男性と結婚するか、白い目で見られながらずっと独り身でいるか、修道院に入るしかない。

 つまり、この状況はかなりまずい。

 アンナライラ嬢殺害犯として疑われたためにこの部屋に閉じ込められたかと思ったが普通であれば、それぞれ別の部屋に入れられるのが常だ。聞き取りをすると言われたので衛兵も一緒に部屋の中に入ると思ってしまったのが運の尽きだった。


「ユースフェルト殿下。このままではとてもまずいことになります。この部屋から出る方法を……。」


「なにが、まずいんだい?私たちは婚約者だろう?まずいことなんてなにもないよ。」


 ユースフェルト殿下はそう言ってほの暗く笑った。


「……ユースフェルト殿下?もしかして、これは……。」


「そうだよ。母上が、君と婚姻を結ぶようにと言ったんだ。私はアンナライラと結婚したかった。だが、母上が言ったんだ。アンナライラを牢から出す変わりに、おまえと婚姻を結んで王になれ、と。」


「なっ!?」


 ユースフェルト殿下はアンナライラ嬢のことを諦めていなかったようである。だが、アンナライラ嬢がユースフェルト殿下の母であるユフェライラ様によって造られた存在だと聞かされたときにとてもショックを受け手いたように感じた。アレも演技だったというのだろうか。とても、そうは見えなかった。


「私はアンナライラのことを愛しているんだ。でも、まさかアンナライラが母上が造り上げた人形だなんて知らなかった。さっき聞いたときはとてもショックだったよ。」


「なら!こんな馬鹿げたことはしないでちょうだいっ!!」


「いいんだよ。母上によって造り出された存在だとしても、私はアンナライラのことを愛しているんだ。そうなんだよ。私はアンナライラが生きていればいいんだ。それだけでいいんだ。」


 ユースフェルト殿下はなにかを吹っ切ったように笑った。


「生きているわけないじゃない。ユースフェルト殿下も見たでしょう?アンナライラ嬢の身体が溶けて骨だけになった姿を。」


「……母上が私との約束を違えるはずがない。きっと、アンナライラは無事なはずだ。」


 ユースフェルト殿下はアンナライラ嬢が生きていると思っているようだ。

 確かに牢の中で身体が溶けていく女性を見たが、思えば顔は隠れていてよく見えなかった。背格好や髪の色や長さなどはアンナライラ嬢と似ていたが……もしかして、ユフェライラ様が替え玉を用意したというのだろうか。

 これは、非常にまずい展開だ。

 私はユースフェルト殿下とは結婚したくはない。

 これまでのことを考えると、ユースフェルト殿下はアンナライラ嬢とユフェライラ様の操り人形ではないか。ユースフェルト殿下と結婚したら地獄が待っているに違いない。


「私はここから出るわ。」


「諦めなよ。明日の朝にここには宰相が来る予定になっているんだ。部下を数人連れてね。その時に私たちはこの部屋から解放される。」


「……解放されないわよ。私はユースフェルト殿下と結婚しなければならない羽目になるわ。」


「そうだよ。でも生きているからいいじゃないか。私だって、本当はアンナライラと結婚したいのに我慢するんだから。おまえも将来の王妃の座が約束されるんだ。アンナライラが望んだ王妃の座につくんだ。それでいいだろ?」


 ユースフェルト殿下は話すことはもうないとばかりに壁にもたれて目を瞑ってしまった。

 このまま朝が来れば私は……。

 そう思うと今すぐにでもここを出なければならない。

 出れるとしたら壁の上の方にある通風口くらいだろうか。テーブルと椅子、どちらを使用しても届きそうにないが、テーブルの上に椅子を乗っけたら通風口に届くかもしれない。

 だが、ユースフェルト殿下に気づかれたら邪魔をされるかもしれない。それでもやるしかない。

 私はテーブルを通風口の下に置いて、テーブルの上に乗る。だが、やはり通風口には届かない。

 今度は椅子を持ってきてテーブルの上に乗せる。その椅子の上に私は乗った。少しばかり足がガクガクとする。今までこんなに高いところに、こんな不安定な足場で乗ったことはなかったのだから。

 通風口に手が届いた。そして、通風口につけられている金網を力任せに引き抜いた。

 開いたのはいいけれども、通風口の中に入れるほどまでには足場の高さが足りない。ぶら下がるのだけで精一杯だ。


「にゃあー。」


 その時、通風口の中から猫が一匹飛び出してきた。


「えっ!?ブチ様っ!!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る