第19話
「アマリア……あんたがいるから、シルキーが私のものにはならない。あんたさえいなければ、シルキーは私のものになるのよっ!あんたさえ、いなければ……。アマリアさえいなければ……。」
「なにを……言っているの?」
アンナライラ様はほの暗い瞳を私に向ける。
そして狂ったように「あんたさえ、いなければ……。」と何度も何度も低い声で呟く。
そのあまりの異常さに私は一歩後ろに下がった。
今のアンナライラ様は正気ではない。なにをしでかすのかわからないような気がした。
「この世界のヒロインは私よ。私なのよ。アマリアは悪役令嬢。アマリアは誰からも見捨てられる存在でなければいけないわ。私はヒロインよ。みんなが私のことを愛してくれるの。私はみんなに愛されるの。そうでなければいけないのよ。」
アンナライラ様はブツブツと何かを呟いている。なにを言っているかは私には聞き取れなかった。それほど小さな声でアンナライラ様はつぶやき続けているのだ。
「……アンナライラ、様?」
「あんたさえっ!!あんたさえいなければっ!!」
突如としてアンナライラ様の身体から真っ黒な魔力の矢が私に向かって放たれる。
避けなければっ!と思った瞬間。目の前を白い小さな影が遮った。
「シルキー様っ!!」
このままだと、私をかばうように飛び出してきたシルキー様の身体に真っ黒な魔力の矢が突き刺さってしまう。
そんなのは、だめっ!!
猫様が傷つく姿なんて私は見たくないっ!!
「ダメッッッッッ!!!!!!」
私はこれまでにないほど大声を上げた。
次の瞬間、
パリーンッ
という音が響き渡った。
それとともに私の視界が真っ白になっていく。
私は何が起こったのかわからず目を白黒させる。
「マリアちゃん。無事っ!!?もうっ!ガードマンたちは何しているのかしらっ!!」
どうやらなかなか到着しないガードマンたちに痺れを切らしてユリアさんが助けに来てくれたようだ。
「ブチ様は……?」
私は一人っきりになってしまったであろうブチ様のことを思い浮かべる。先ほどまでブチ様は意識を失っていたのだ。ブチ様だけにするのはとても危ない。
「大丈夫よ。ブチは目を覚ましたわ。それで、これはいったいどういう状況なのかしら?」
「よかったぁ……。」
ブチ様が目を覚ましたと聞いて私はホッと息を吐いた。
「ちょっと!!ここから出しなさいよっ!!」
アンナライラ様のいらだったような声が聞こえてくる。
「……閉じ込める?ユリアさんが閉じ込めたんですか??」
突然目の前が真っ白になって何がなんだかわからなかった私はユリアさんがシルキーと私を助けたンだと思って問いかける。
でも、ユリアさんは首を横に振った。
「……いいえ。私ではないわ。私がここに来た瞬間に白い壁がアンナライラ嬢を取り囲んだのよ。」
「じゃあ、シルキー様が……?」
私はシルキー様の存在を確かめる。シルキー様はアンナライラ様が閉じ込められている白い壁の前で優雅に毛繕いをしていた。
「……シルキーはただの猫のはずよ。それに、これは聖なる結界だわ。つまり聖なる力を持つものだけが張れる結界。」
「聖なる……結界?」
ユリアさんはゆっくりと頷いた。
聖なる結界は王族に近い者だけが使える魔術だ。
「王族の方が助けてくださったの……?」
私はユリアさんに問いかける。だけど、ユリアさんは首を横に振った。
「違うわ。聖なる結界は本当は王の妃になる者だけが使える魔術。王の器に相応しい人物が心から愛した女性だけが使える魔術よ。」
「それでは……王妃様がいらっしゃっているのですか?」
ユリアさんの説明に私は問いかける。
まさか、王妃様がかけつけてきてくださるとは思わなかったのだ。確かにこの保護猫施設は王妃様が作られた施設だ。だが、危険を承知で王妃様が助けに来てくれるとは思わない。
「いいえ。あの方は王宮にいるわ。あの方は実力主義者よ。このくらいのことは「自分でどうにかしてみせなさい。」と言うわね。」
「では……誰が……?」
私はチラリとアンナライラ様が閉じ込められている白い結界に視線を向ける。
王様の妃になる人物が使える魔術。
もしかして、アンナライラ様が自分自身に結界を張ったの?なぜ?なんのために?
次代の王となるのは、現時点ではユースフェリア王子殿下だ。そのユースフェリア殿下が愛しているのは、アンナライラ様だ。
だから、ユリアさんの説明からするとアンナライラ様が聖なる魔術を発動したとすれば説明がつく。
ただ、問題はなぜこのタイミングで。ということだ。
シルキー様を守るように、アンナライラ様を閉じ込めた聖なる結界。
それをアンナライラ様が作ったとすると矛盾が生じる。
「聖なる力は私のものよ……。私だけが使える魔術よっ!!」
聖なる結界の中からアンナライラ様が大声をあげて訴える。
やはりアンナライラ様は聖なる魔術を使えたらしい。でも、不思議なタイミングで使用するものだ。これではまるで魔術が暴走しているかのようだ。
「いいえ。あなたは聖なる魔術は使えないわ。だって、あなたはさきほど黒い魔力をマリアちゃんに飛ばしたじゃないの。聖なる魔力と闇の魔力は正反対の力。同じ人物に聖なる魔力と闇の魔力の両方が使えるはずはないのよ。あなたは闇に落ちたのでしょう?」
「そんなことないわっ!聖なる力は私だけの力っ!!私は聖なる力でこの国の女王になるのよっ!!誰もが傅く女王に私はなるのっ!!あのボンクラ王子じゃないわ!私がこの国の頂点に立つのよっ!!」
アンナライラ様は声たかだかに叫ぶ。
「ぷっ……ボンクラって……。」
ユリアさんがアンナライラ様の言葉に吹き出す。不謹慎ながら私も思わず笑いそうになってしまった。
というか、アンナライラ様はユースフェリア殿下のことが好きだったのではないだろうか。それをボンクラなどと……。
「アンナライラ様はユースフェリア殿下がお好きだったのではないですか?」
私は純粋に浮かんできた疑問をアンナライラ様に尋ねる。
「はっ!私があんなボンクラを好きになるわけないじゃないっ!私はそれよりシルキーの方が好みなのよ。あのボンクラは私が王族に近づくための単なる道具だわっ。シルキーさえ手に入れてばいいのよ。」
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