第17話
「うふふ。ブチ様。」
腕の中のブチ様はとっても大人しい。いつもは触らせてくれないのに、ユリアさんの魔法のおかげか触り放題だ。嬉しくなってブチ様を撫でまわす。
「グルルルルルル……。」
ブチ様は自由にならない身体で私を睨みつけて低い唸り声をあげる。
私は、ブチ様がとても嫌がっていることに気づき、撫でるのを止めてそっとベッドに寝かせた。
「ごめんなさい。ブチ様。ブチ様は触られるのは嫌でしたよね。それなのに、魔法で自由が効かないからと、触りまくってしまってごめんなさい。」
欲望には勝てず触り倒してしまったが、これはブチ様に嫌われる行為に等しい。ブチ様は私が触れることを許していないのだから。
「グルルルル……。」
ブチ様は私を睨みつけてくる。それからフイッと視線を逸らせた。
「ブチ様。許してくださるのですねっ!なんてお優しいのかしら。ありがとうございます。ブチ様。」
猫が目を逸らすのは相手と喧嘩をしたくないから。つまり、ブチ様は私と喧嘩をする気がないということ。つまり、私のことを許してくれたのだろう。
私は嬉しくなってブチ様の頭を撫でた。
「グルルルル……。」
再び低い唸り声がブチ様から聞こえてくる。そして、私をジッと見つめる黒い瞳。
「あ、申し訳ございません。ブチ様。つい、反射的に……。」
私に撫でられたことが気に入らなかったらしい。そうだよね。先ほどまで触るなと言っていたのだから。
でも、これではブチ様をお風呂に入れることができない。
「……ユリアさん。私はブチ様の嫌がることをして、これ以上ブチ様に嫌われたくありません。ブチ様は私に触られるのがとっても嫌みたいなんです。ましてや私の手でシャワーを浴びるなんてきっとブチ様は許してはくださらないでしょう。」
私はユリアさんに懇願する。
これ以上ブチ様に嫌われるようなことはしたくないと。
でも、汚れているブチ様を洗わなくてはならないのは事実だ。
「大丈夫よ。マリアちゃん。ブチはあなたのことを引っかかいたり、噛みついたりしないから。だから隅々まで洗ってあげて。」
「それは……確かにブチ様には魔法がかかっているから私のことを引っかいたり、噛みついたりはしないとは思いますが、でも、ブチ様のトラウマになりませんか?」
「大丈夫よ。むしろ一緒にシャワーが浴びれてとっても嬉しいんじゃないかしら。ブチはちょっと恥ずかしがり屋なだけなのよ。」
「ですが……。」
「マリアちゃん。」
ブチ様を洗うことを戸惑っていると、ユリアさんがにっこりと笑って私の名を呼んだ。
「は、はいっ。」
ユリアさんの目は全く笑っていない。私は背筋に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
「ブチは猫なのよ。一人で身体は洗えないの。ね?お願いできるわよね?ブチも、マリアちゃんに触られたと言っても起こらないこと。ブチがいけないのよ。勝手にお外に行くから。」
「は、はいいぃぃ。」
「にゃぁう。」
ブチ様は不貞腐れたように一声鳴いた。
これはもうブチ様を洗うしかないパターンだ。私は嬉しいけど。ブチ様を洗うと同時に堪能させてもらおう。
私はそう決心した。
「ブチ様。ご安心ください。私はブチ様を綺麗にして差し上げるだけです。けっっしてよこしまな気持ちでブチ様に触れるわけではありませんわ。だから、ブチ様を洗わせてくださいませ。」
私は目をキラキラとさせながらブチ様にお願いする。
ただでさえ猫様たちは濡れることを極端に嫌うのだ。ブチ様の機嫌を損ねないためにも私はブチ様にお願いするしかない。
「お手々洗わないと泥がついて気持ち悪いでしょう?毛並みだって埃がついていては嫌でしょう?私がブチ様を綺麗にして差し上げます。大丈夫です。ブチ様には洗うという行為以外では触れることはありません。あんなとこから、こんなとこまでブチ様の全てを私が綺麗にして差し上げますわっ!」
ブチ様のあんなところやこんなところを綺麗に洗うことを想像して思わず口の端からヨダレがこぼれ落ちてきそうになる。
いけない私は侯爵令嬢なのに。そんなはしたないこと……。
ブチ様は私が懇願しているのにもかかわらず、なんだか目にうっすらと涙を浮かべているような気がする。私はけっしてよこしまな気持ちでブチ様に触れるわけではないのに。
「ブチ様。ユリアさんからもブチ様を綺麗に洗うように言われております。ね?私がブチ様を綺麗にして差し上げますわ。大丈夫ですわ。私、猫様たちを洗うのとっても慣れております。私に任せていただいて間違いはありませんわ。」
ブチ様はジッと私を見つめているが、まったく動く気配がない。
まあ、ユリアさんの魔法がかけられているから動けないんだろうけど。
私はブチ様を抱き上げてシャワールームに向かった。
濡れてもいいように私は衣服を脱ぎ去る。
「さあ。ブチ様、行きましょうね。」
私はにっこり笑ってブチ様を見る。
「あ……。ブチ様……。大丈夫ですかっ!気をしっかり!!そんなに私のことがお嫌だったのですかっ!!」
ブチ様はなぜか白目を剥いて気を失っていた。
私はブチ様が気を失ってしまったことに慌てて思わず悲鳴を上げてしまった。
「マリアちゃん。どうしたの!ブチになにかされた?」
私の声を聞きつけてユリアさんが駆けつけてきた。
「い、いえ……。ブチ様、私のことが相当嫌だったらしくて……気を失ってしまいました。」
私はがっくりと肩を落としてユリアさんに答える。
「あら……まあ。ブチったら純情なのね。マリアちゃんの裸を見たくらいで……。」
ユリアさんは深いため息をついた。
『ブーッブーッブーッ!!』
突如としてけたたましい音が鳴り響く。
私は気を失ってしまったブチ様を抱き上げながらユリアさんと目を合わせた。
ユリアさんは険しい表情をして頷いた。
「……侵入者ね。まさかこの保護猫施設に侵入者が入るとは。」
「ええ。猫様たちの無事を確かめないと……。」
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