第16話






 ユリアさんの許可を得て、保護猫施設に併設されている仮眠室を借りる。


 ここの仮眠室はちょっと特殊で、猫様たちが自由に仮眠室に出入りすることができる作りになっている。


 もしかすると寝ている時に、猫様がそっとやってきてくれて添い寝してくれるかもしれないという期待で胸が膨らむ。

 

 いつの間にか隣でスヤスヤと眠っている猫様のことを思うと想像するだけで嬉しすぎて胸がはちきれそうになる。

 

「……マリアちゃん。ニヤニヤしていて気持ち悪いわ。」


 夜の仮眠室でのことを考えて幸せな気分に浸っていると、ユリアさんがジト目で私を見てくる。


「えっ……。」


 もしかして声にだしていたのかしら。気を付けていたのだけれども。

 

 と、思っているとユリアさんがため息をついた。



「マリアちゃんの顔を見れば何を考えているかなんてすぐにわかるわ。仮眠室にどの子を連れ込もうか考えているのでしょう。まったく。で?一番のお気に入りのシルキーを連れ込むのかしら?」


 ユリアさんはそう言ってあきれたように私を見てきた。


「むっ。違いますっ!仮眠室で寝てたら猫様たちが添い寝してくれないかなぁって考えていただけです。そんな、猫様の意思を確認もせずに連れ込むなんて……。むしろ、猫様の方から寝ている私のそばにきて添い寝してくれた方が私としてはとっても嬉しいですっ!だから、連れ込むのではなく、猫様のことを私は待ちます!」


 連れ込むなんてはしたない令嬢みたいなことはしませんと、ユリアさんに視線で訴える。

 

「はぁ……。似たり寄ったりだと思うけど。まあ、いいわ。マリアちゃんのお気に入りの子が来てくれるといいわね。」


 ユリアさんは私の言葉に大きなため息をついた。

 

「ええ。シルキー様が来てくれるととっても嬉しいですが、でもシルバーグレイ様でもモモ様でも、クロ様でもブチ様でもシロ様でも、他の子たちでも嬉しいですわ。もっと言うならばみんなが添い寝をしてくれたらいいのに。猫様たちに囲まれながら眠るなんて、なんて!なんて!!なんて!!!幸せなのでしょう。想像しただけでも涎が出てきてしまいますわ。」


「そ、そう……。相変わらずの変態っぷりね。マリアちゃんは。」


「私はいたって普通です!」


 ユリアさんに変態だと言われてしまった。

 

 だが、私はいたって普通だ。

 

 可愛い猫様たちに囲まれて眠るのは人類みなの憧れだと私は思っている。

 

 ユリアさんは毎日のように保護猫施設に寝泊まりしているから慣れてしまっているのだと思う。たぶん。私がおかしいわけじゃないと思う。たぶん。


「そう、そうね。まあ、いいわ。そういうことにしましょう。もう今日は仕事も終わりにしましょう。先にシャワーを浴びてきてくれるかしら?」


「あ、はい!」


「ついでに、ブチも洗ってくれる?今日、こっそり抜け出したみたいで手足が泥だらけなのよ。まったく、どこから抜け出したのかしらねぇ?」


 ユリアさんはそう言って不貞腐れてそっぽを向いているブチ様を私に手渡してきた。

 

 って!!私、ブチ様に触れないんだってば!!触れないというか、ブチ様が私に触られるのを嫌がっているというか……。悲しいことだけど。


「大丈夫よ。ブチには勝手に外出した罰として身体を自由に動かせないように魔法をかけておいたから。大人しく大好きなマリアちゃんに洗われてきなさい。綺麗になったら魔法を解いてあげるわ。」


 ユリアさんはそう言って私にブチ様を預けてくる。

 

 恐る恐るユリアさんからブチ様を受け取る。

 

 ブチ様はとても大人しかった。だが、目は確実に私を睨みつけていた。





☆☆☆☆☆








 私はシルキー。猫である。

 

 可愛らしく愛らしく優雅な猫である。

 

 見よ。このまっすぐに伸びた長い尻尾を。私の自慢の尻尾である。

 

 尻尾をゆらゆらと動かすのが私はとっても好きだ。見ていて飽きないほど優雅な動きに見えるからだ。

 

 高貴な私にとっても相応しい尻尾だと思わないか?

 

 ふふふ。この私の美しい尻尾に、私のマリアもすっかり魅了されているようだ。私が尻尾を優雅に揺らすとマリアの目がより一層輝くのだ。

 

 マリアは良い。

 

 とても良い。

 

 私のことを崇拝してくれるその目がとても心地よい。優しく触れてくるその手の暖かさも気に入っている。

 

 できれば私のことだけを見ていてほしいが、マリアは他の猫たちにも熱のこもった目を向ける。

 

 できれば私のことだけを見ていて欲しいのに。私だけのものだったらいいのに。




☆☆☆☆☆




 マリアは今日はここに泊るらしい。

 

 マリアが大好きな猫たちがここにはいっぱいいる。

 

 きっと、今日はマリアのベッドに皆で押しかけることだろう。

 

 マリアの笑みはぽかぽかな太陽みたいで大好きだ。僕まで元気がでてくる。

 

 マリアが来る日はとても嬉しい。

 

 マリアが触れてくれるととっても嬉しい。

 

 マリアのしてくれるマッサージはとっても気持ちがいい。

 

 大好きなマリア。可愛いマリア。

 

 マリアのこと僕は大好き。

 

 


☆☆☆☆☆



 ……ちっ。

 

 マリアが泊るっていうから逃げだしたら、伯母に捕まった。

 

 強制的に魔法で身体の自由を奪いやがって。

 

 しかも、マリアと一緒にシャワーを浴びろだって!!

 

 そんなこと出来るわけがないじゃないかっ!!

 

 まったく伯母にはあきれてものが言えない。

 

 いや、実際にオレは喋れないんだけど。

 

 そういうわけじゃなくって。

 

 ……別にマリアのことが嫌いってわけじゃない。

 

 オレが一番苦手なのは伯母だ。あれは悪魔だ。

 

 それに比べればマリアは天使のように思える。まあ、伯母と比べたら、だけど。



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