第15話




「騒がしいわねぇ。なにを騒いでいるのかしら?ユースフェルト。」


 ゆったりとした動作で豪華なドレスを纏いやってきたのは、騒ぎを聞きつけたユースフェルトの母親であり妾妃のユフェライラだった。


 ユフェライラはピンク色の長い髪に豪華な金細工の飾りをつけてにこやかに笑っている。

 

 目が笑っていないのはとても不気味だ。

 

「は、母上……。」


 ユースフェルトは突然のユフェライラの登場に身体を固くした。


「あら?そちらのご令嬢は?ユースフェルト、紹介してくださるかしら?」


 ユースフェルトの隣にいるアンナライラに目を止めたユフェライラは大きく目を瞠ると、すぐにその表情を消しユースフェルトに問いかけた。


「アンナライラ・ナンクルナーイ男爵令嬢です。母上。」


 ユースフェルトの背中を冷や汗が滑り落ちる。

 

「お母様。お会いしたかったですわ。」


 焦るユースフェルトとは反対に、アンナライラはにっこりと笑みをみせてユフェライラに挨拶をした。

 

「そう。あなたがアンナライラ嬢なのね。は・じ・め・ま・し・て、ナンクルナーイ男爵令嬢。」


 ユフェライラはことさら「はじめまして」を強調してアンナライラに挨拶をする。

 

「は、母上……。あの……。私はっ……。」


「言いましたよね?ユースフェルト。あなたの婚約者はアマリア侯爵令嬢以外あり得ないと。それがあなたが王太子になる条件だと申しましたでしょう?」


 ユフェライラはにっこりと笑いながらユースフェルトに釘を刺す。

 

 ユースフェルトがアンナライラと婚約をすることはユフェライラが許さなかった。アンナライラとの婚約破棄を誰よりも怒ったのはユフェライラだった。

 

 現在、この国で一番地位が高くユースフェルトと年が近いのはアマリアだ。侯爵家の後ろ盾を手にいれ王太子となるためにも、ユースフェルトの婚約者にはアマリアが適しているとユフェライラは思っていた。


 他の令嬢では役不足。ましてや、男爵令嬢などもってのほかだとユフェライラは思っていた。


「で、ですが……母上。アマリアはアンナライラを呪うような悪女です。そのような者が私の婚約者として相応しいとはとても……。それに、兄上は引きこもっていて表舞台に顔を出さないじゃないですか。アマリアが私の婚約者でなくとも、私が王太子となるのは決まっている。」


「ユースフェルト、王太子となり国王になりたいのであれば私に従いなさい。」


 ユフェライラは笑みを絶やさず、しかしながら強い命令口調でユースフェリアにアンナライラとは手を切り、アマリアと婚約をするようにと告げる。

 

「ですがっ……。私はっ……。」


 嫌だと反論するユースフェルトにユフェライラは眉を潜める。


「ナンクルナーイ男爵令嬢。申し訳ありませんが、お引き取り下さいませ。そして、今後二度とユースフェルトに近寄らぬよう。衛兵たちよ、ナンクルナーイ男爵令嬢はお帰りです。門の外まで案内なさい。」


 ユフェライラはこれ以上ユースフェルトに構っていてもらちが明かないと、アンナライラに視線を向ける。そして、にっこり笑って出て行けと告げた。


 衛兵たちも、ユフェライラの命令に逆らう理由もないためアンナライラを門の外まで連行する。


「えっ!?ちょっとお母様っ!なんで私が出て行かなければならないのっ!」


 アンナライラはユフェライラの言葉に驚きを隠せず目を見開いた。

 

 ユースフェルトの母親であるユフェライラもアンナライラのことを認めてくれると思っていたのだ。

 

「私はあなたの母親ではなくてよ。」


 アンナライラの叫びにユフェライラは冷たく言い放った。その視線は氷よりも冷たいものだった。





☆☆☆☆☆







「はふぅ~。今日は昨日と違って幸せな一日だったわぁ~。」


 昨日と違って今日はアンナライラ様が来なかったので幸せな一日を過ごすことができた。やはり、国王陛下も王妃様もアンナライラ様にシルキー様を譲渡することには許可を出さなかったのだろう。


 王妃様が管轄している保護猫施設だもの。


 ちゃんとシルキー様のことを考えて、シルキー様を大事にしてくれる方にしかお渡ししないはずと思っていたがそれが正解だったようだ。


 保護猫を迎え入れてくれるのは誰でもいいわけではない。


 ちゃんとに幸せにしてくれる人じゃないとダメなのだ。


「うふふ。シルキー様にも、シルキー様のことを家族の一員として大切にお迎えしてくださる人がきっと現れますからね。」


「にゃあう?」


 できれば私がお迎えしたいけど。


 というか、ここの保護猫施設にいる猫様たち全員を私がお迎えすることができたらいいのに。どの子にも愛着があるのだ。


 どの子も可愛くてそれぞれに異なった魅力がある。


「にゃ。」


「にゃ~ん。」


「にゃあお。」


「あおーんっ。」


 鳴き声もみんなちょっとずつ違う。でも、それが愛おしい。


 私は近くにくる猫様たちを親しみを込めて撫でる。なで回す。これでもかというほどに。


 どの子も喉をゴロゴロ鳴らして答えてくれるから可愛い。愛しい。大好き。


「みんな大好きよっ!」


 思わず皆を抱きしめたくなってしまう。


「今日は、ここに泊まっちゃおうかなぁ。うふふ。」


 この保護猫施設には仮眠室が用意されている。主な用途としては具合の悪い猫様がいたり、産まれたばかりの子猫がいたりするときに使用するものだ。


 ただ、普通の時に使っても誰も文句は言わない。とくにユリアさんはほぼ毎日と言って良いほど、ここの仮眠室で寝ていることを知っている。


 ユリアさんも私に負けず劣らず猫様たちのことを愛しているのだ。


「ユリアさん。今日も泊まるんですか?」


「ええ。そうしようと思っているわ。」


「私も、泊まってもいいですか?」


「……私は構わないけど、お家の方の許可はとったのかしら?」


 ユリアさんはやっぱり今日も泊まるらしい。


 というか、ユリアさんの家なんじゃないかって思うほどユリアさんは毎日泊まっている。


「あー。はい。えっと、ちょっと勘当されたというか……そんなに猫が好きなら好きにするといい。って言われてしまいまして……。」


「……帰りづらいってことかしら?」


 今朝、お父様と喧嘩したのだ。


 保護猫施設に毎日のように朝から晩まで入り浸っているから、それがお父様は気に入らなかったらしい。それに、泊まるって言っちゃったから。


 だって、心配だったんだもの。


 アンナライラ様がなんかしてくるんじゃないかって。


「……それもありますが、アンナライラ様のことがちょっと気になって。いくら王妃様が許可を出すはずはないと思ってたんですけど、なんとなく。」


「そうねぇ。あの子ちょっとばっかり思い込みが激しそうだしねぇ。心配になるわよねぇ。」


「はい。そうなんです。」


「うふふ。みんな喜ぶわよ。猫たちはね、夜中が一番活動的なのよ。」


 ユリアさんはそう言って意味あり気に笑った。


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