第11話



「はふぅ~。幸せだわぁ。学園に行かないだけでこんなに幸せだなんて。もっと早く学園から去ればよかったわ。」


 私は猫様たちのトイレを片付けながら幸せに浸っていた。


 猫様たちはトイレをした後は必ずうんちに砂をかける。猫様によって砂をかける量はまちまちで、うんちが隠れるだけそっと砂をかける猫様や、うんちに砂をこんもりかける猫様もいる。


 保護猫施設で働き初めてから数ヶ月。


 私も砂のかけ具合でどれがどの猫のおトイレの後かわかるようになってきた。


「これは、モモ様のおトイレの後ね。うんうん今日も快便のようだわ。良いことね。これは……シロ様のおトイレね。ちょっと緩いかしら。お腹壊したってほどじゃないけどちょっと注意深く観察した方がいいわね。クロ様とシルバーグレイ様もとっても健康的ね。」


 私は一つ一つ猫様たちの排泄物を確認して健康チェックをおこなう。


 排泄物を見るだけでも猫様たちの体調がある程度わかるのだ。


「……排泄物を見ながら悦に浸るだなんて。端から見たらマリアちゃんは変態に見えるわよ。」


 猫様たちのトイレを片付けながら悦に浸っているとユリアさんが呆れたように声をかけてきた。


「えへへ……。猫様たちの健康状態がわかるから嬉しくって。今日もみんな健康ですよ!」


「そう。安心したわ。それにしても、こんなにおトイレがあるのにどれが誰のおトイレかわかるだなんて、さすがマリアちゃんだわ。」


「砂のかけ方がみんな少しずつ違うんですよ。」


「それはそうだけど……。マリアちゃんだけよ。全部判定できるの。」


「うふふ。ユリアさんは猫様への愛が足りないからですよ。」


「……違うと思うわ。ぜったいマリアちゃんが変態なだけだと思う。」


「むぅ。そこは変態とは言わずに猫様たちへの愛が深いと言ってください。」


「はいはい。マリアちゃんはとっても猫様たちへの愛が深いと理解したわ。これからも猫様たちをたくさん可愛がってちょうだいね。」


「はいっ!もちろんです。」


 にこにこしながらユリアさんと会話をする。


 ずっとずっとこんな日々が続けばいいのに。


 そう思っていたら外から聞いたことのある女性の声が聞こえてきた。


「ここかしら……?」


 学園で良く聞いていた声。


 私に呪われたと言いふらしていたあの声。


 私は身体をぎゅっと硬くして身構えた。


「どちらさまでしょう?」


 固まってしまった私の代わりにユリアさんが保護猫施設の入り口に向かって歩いて行った。


「シルキーを迎えに来たわ。」


 私はユリアさんの後ろからそっと外を伺う。


 聞いたことのある声だと思ったけれど、姿を見て確信した。やっぱりアンナライラ様だ。


「……申し訳ございませんが、シルキーは今はまだ里子に出せる状況ではございません。お引き取りください。」


「そんなことないわ!先週までは乗り気だったじゃない!なんでダメなのかしら!!」


 アンナライラ様は声を荒げてユリアさんに詰め寄る。


 ユリアさんはアンナライラ様を睨みつける。


「そのくっさい香水の匂いをまき散らして可愛い可愛いうちの子を引き取るだなんて言わないでくださいませ。うちの可愛い子たちの里親になる条件として香水はつけない、もしくは最低限にというお願いごとがございます。それを守れない人にはうちの可愛い猫は里子に出すことはできません。お引き取りください。」


「なんでよ!香水は貴族のたしなみよ!それにこの香水はユースフェルト様がくださったとっても高貴な匂いの香水よ!あなたユースフェルト様のことを悪く言うつもりかしら?」


「……猫は匂いに敏感な動物です。そのようにキツい香水の匂いをまき散らしていたら猫はあなたから逃げることでしょう。」


「あら。この香水が不快な匂いだとでも言うの?」


「……少量であればとても高貴な香りでしょう。でも、あなた様は香水をつけすぎている。人間でもあなた様には近寄りたくないほどの酷い匂いですわ。さあ、お引き取りください。」


 ユリアさんはバッサリと言い捨てた。


 確かにアンナライラ様はいつも香水の匂いをまき散らしていた。その下品な香水の使い方も実はアンナライラ様に人が近寄らない原因でもあった。


 まあ、ユースフェルト殿下は最初は眉を顰めていたが近くにいる内に香水の匂いに慣れてしまったのか、鼻が馬鹿になったのか何も言わなくなったみたいだが。


 もとより香水というものは体臭を誤魔化すために開発されたものである。おしゃれとしてつけるのであれば、近寄った時にほんのり香るくらいにすべきだ。香水の匂いがキツいくらいにつけているのは自分は体臭がキツイですと言っているようでもある。


「そんなことはないわっ!!シルキーは絶対この匂いを気に入るわ!早くシルキーを連れてきなさいっ!!」


「いえ、お帰りください。そのような匂いでこられたら迷惑です。健康で元気な猫たちも具合が悪くなってしまいますわ。どうぞ、お帰りくださいませ。」


「あなた平民でしょ?私は男爵令嬢よ!そして未来の王妃なの。だから私の言うことを聞きなさい!!」


 アンナライラは声を張り上げる。


「……お帰りくださいませ。どうしてもこの保護猫施設に入ってシルキーに会いたいというのなら、国王陛下と王妃様の許可を得てきてください。この保護猫施設の管理者は国王陛下と王妃様です。そのお二人の許可を得ることができたらシルキーに会っていただいても構いません。」


 ユリアさんは怒っているアンナライラに構うことなく冷静に告げる。


 私はこの時初めてこの保護猫施設が国王陛下と王妃様が管理者になっていることを知った。


「わかったわよ!王様と王妃様に許可をとってくるわ!覚悟なさいっ!!」


 アンナライラはそう言うと踵を返して走り去っていった。


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