第10話
「幸せですわね。シルキー様。」
私は膝の上にシルキー様を乗せて幸せに浸っていた。膝の上に感じるシルキー様の人間よりも少しだけ高い体温とふわふわな毛並みがとても気持ちいい。
ずっと触っていたいほどふわふわな毛並み。
保護猫施設での休憩時間。私はシルキー様と一緒にまったりとしていた。
シルキー様も私の膝の上が気に入ったのか、すやすやとよく眠っている。とても可愛い。
ツンツンと肉球を突いてみてもシルキー様はピクリとも動かない。それほど気持ちよく眠っている。
「シルキー様の寝顔はまるで天使様のようですわ。私、シルキー様の寝顔を見ていると安心して眠くなってしまいます。」
ふわわっと小さく欠伸をする。
シルキー様の体温はとても気持ちいい。それに癒やし効果が半端ない。
「にゃあ。」
シルキー様とまったりくつろいでいるとモモ様が側にやってきた。そして、私の足を枕にして横になる。
「まあ。モモ様いらっしゃい。」
モモ様は寝っ転がったまま視線だけを私に向ける。
それはまるで撫でてと言っているように見えた。
「モモ様。とっても毛並みがいいですね。さわり心地もとても心地よいです。」
「グルグルグルグル……。」
モモ様は私が身体を優しく撫でると嬉しそうに喉を鳴らし始めた。
「にゃあ。」
モモ様が喉を鳴らす音を聞いたからなのか、シルバーグレイ様が側によってきて私の目をまっすぐ見て一声ないた。
「ふふっ。シルバーグレイ様も撫でて欲しいんですの?」
私はにっこり笑いながらシルバーグレイ様の頭を撫でる。シルバーグレイ様はもっと撫でて欲しいというように私の手のひらに頭をこすりつけてくる。
「うう……。どの子もとても可愛い。」
私は近寄ってくる猫様たちを順番に撫でながら幸せに浸る。
ずっとずっとこの時間が続けばいいのに……。
「マリアちゃん。至福の時間を邪魔してごめんなさい。そろそろ休憩時間は終わりよ。」
至福の時間はユリアさんの情け容赦ない言葉で終わりを告げた。
まあ、でも、休憩時間は終わりだけれども休憩時間が終わっても猫様たちのお世話をする仕事だ。苦ではない。むしろ大好きな猫様たちのお世話ができて嬉しいほどだ。
「いいえ。時間は時間ですから気にしないでください。それに猫様たちのお世話が出来るなんて幸せですから。」
「そう?」
「はいっ!」
私はにっこりと微笑んだ。
☆☆☆☆☆
「お義父様っ!どういうことなのっ!!どうしてシルキーをうちに迎え入れることができないのよっ!!」
自宅に帰ってきたアンナライラは養父に向かって金切り声を上げた。
「すまない。アンナライラ。保護猫施設のナーガさんから連絡があってね。シルキーという猫は今はまだ里子に出せる状態ではないというのだ。猫というのはとてもデリケートだから環境の変化ですぐ体調を崩してしまうと。シルキーという猫は身体が弱いらしいんだ。もっと元気な猫にしよう。」
ナンクルナーイ侯爵はアンナライラに優しく諭す。
「いやよ!シルキーじゃなきゃ意味がないのよ!絶対にシルキーじゃなきゃ嫌だわ。他の猫なんていらないの。シルキーを連れてきてよ!お義父様は男爵でしょ!爵位も持っていない平民の女の言うことを聞いているんじゃないわよ!保護猫施設のナーガは平民でしょ!お義父様の権力でなんとかしてよ!!」
「そうは言うが……。貴族だからと平民を下に見るのは良くないことだよ。ノブレスオブリージュという言葉を知っているだろう?貴族は平民がいるからこそ暮らしていける。私たちは助け合って生きているんだよ。」
「違うわっ!平民は貴族を優遇すべきよ!だって貴族は偉いんだもの。私の言うことを聞くべきだわ!!」
「……アンナライラ……。」
憤るアンナライラにナンクルナーイ男爵はため息をついた。アンナライラはどうしてこうなってしまったのだろうか、と。
「お義父様はあてにならないわ。お義母様からお義父様に言ってもらおうからし。お義父様はお義母様には頭が上がらないようだし。それに、シルキーを家に迎え入れられれば私はこの国の王妃にもなれるんだもの。お義母様だって喜ぶはずだわ。」
アンナライラはナンクルナーイ男爵を説得できなかったので、今度はナンクルナーイ男爵夫人を頼ることにした。
「お義母様。お願いがございます。」
「あら。アンナライラどうしたのかしら?」
ナンクルナーイ男爵夫人はにこやかにアンナライラに上品に微笑みかける。その所作はとても美しく、男爵家に嫁ぐ前は伯爵令嬢だったこともあり教育が行き届いているように見受けられる。
「保護猫施設からシルキーを渡せないって連絡があったんですの。お義父様はそれを素直に受け入れたんですわ。私はシルキーが欲しいのに。お義母様からもお義父様に言ってください。シルキーをどうしてもお迎えしたいと。」
ナンクルナーイ男爵夫人はアンナライラに向かってニッコリと微笑んでから首を傾げた。
「アンナライラはそのシルキーという名前の猫にお会いしたことはあるのかしら?」
「いえ。ないわ!でも、シルキーは私のものよ!」
「そう。なぜお会いしたこともないのに、アンナライラはシルキーという猫にこだわっているのかしら?」
「シルキーは私が王妃になるのに必要な猫なのよ。だから絶対にシルキーが欲しいの。ねえ、お義母様。お願いだからお義父様を説得してちょうだい。」
アンナライラの訴えにナンクルナーイ男爵夫人は笑みを浮かべたまま答える。
「アンナライラは王妃になりたいのね。向上心があってとても良いことだと思うわ。でも、王妃になるにはそれ相応の知性と教養が必要よ。まずはシルキーという猫の前に、アンナライラに対する教育が必要だと私は考えているわ。ねえ、アンナライラ。王妃になるために必要な教育を受けましょうか?」
「えっ!?」
アンナライラはナンクルナーイ男爵夫人の言葉に目を瞠った。アンナライラはナンクルナーイ男爵夫人のことを見誤ったのだ。伯爵家から男爵家に嫁ぎ身分が低くなったことを良く思っていないと思い込んでいたのだ。
ナンクルナーイ男爵夫人のことをアンナライラは身分に固執する女性だと思っていた。だから、アンナライラが王妃になると言ったら全力でシルキーを迎え入れるために動いてくれると思っていた。
「王妃になりたいのでしょう?今のアンナライラではとてもではないけれど、王妃になれる器ではないわ。」
「そ、そんなことないわ!シルキーを手にいれれば無条件で私は王妃になれるのよ!教育なんて受けなくてもいいの!シルキーさえ手に入れれば!!」
アンナライラはナンクルナーイ男爵夫人の言葉に混乱して声を荒げる。
「……アンナライラ。王妃として相応しい教養を身に着けるのが先よ。」
ナンクルナーイ男爵夫人は笑みを崩さないまま告げた。
「嫌よ!教育を受けるなんていや!!勉強なんて嫌いだわ!シルキーさえ手にいれれば私は王妃になれるんだもの!」
アンナライラは教育を受けるのは嫌だとナンクルナーイ男爵夫人の部屋を飛び出した。
「シルキーさえ手に入れればいいのよ。そうすれば私は王妃になれる。王妃になれるの。お義父様もお義母様もあてにならないわ。私がこの手でシルキーを手にいれればいいのよ。」
アンナライラは怒りにまかせて家を飛び出したのだった。
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