第8話
「あれ?そういえばシルキー様のお姿が見えませんが……。」
ブチがそばによってきたのが嬉しくて、いつも保護猫施設に来てからすぐにシルキー様を探すのだがそれがおろそかになってしまっていた。
もしかして、シルキー様がヤキモチを焼いてくださって隠れてしまったのかしら?と不安になる。
猫様はとってもヤキモチ焼きな子が多いと、この保護猫施設に来てから知った。
「ああ、そうそう。私、そのことで今日はここに来たのよ。実はね、シルキーは男爵家のお家でトライアルが始まるの。だからその前に健康チェックをしているのよ。」
ナーガさんはそう言って困ったように笑った。私がシルキーが一番のお気に入りの猫様だと知っているからだろう。
本当は私がシルキー様を迎え入れたかった。
だけれども、お父様もお母様も侯爵家には雑種の猫は相応しくないとおっしゃってむなしくも却下されてしまったのだ。
「……そう。シルキー様には家族がみつかったのね。」
私は寂しくなった。
里親が見つかることはとても素晴らしいことなのに、大好きなシルキー様と離れるのが辛い。
「ええ……。まだトライアル段階よ。正式譲渡ではないわ。」
「でも……。シルキー様はとっても素敵な猫様ですわ。シルキー様のことを気に入らない人なんておりません。あの高貴なお姿に、優雅な立ち居振る舞い。とてもとても魅力的な猫様ですわ。」
シルキー様のことを気に入らない人はいないと正直思う。だから、きっとシルキー様はこのまま正式に男爵家に譲渡されるだろう。
「あの……ちなみに里親になられる男爵様にはお会いされたのでしょうか?」
貴族が猫様を引き取る時、一緒に来ることは少ない。使用人が来ることの方が多い。
「ええ。とっても優しそうな男爵様でした。男爵夫人も人柄の良さそうな笑みを浮かべておりましたよ。」
「そう。よかったわ。」
願わくばシルキー様が何不自由なく幸せに暮らせますように、と私は願った。
「あの、男爵様のお名前は……?」
どこの男爵家にシルキー様は迎え入れられることになるのだろうか。
私はせめてそれだけでも知りたくてナーガさんに尋ねた。
「ナンクルナーイ男爵家よ。」
ナンクルナーイ男爵家……?
それって……アンナライラの家じゃないの?
「あの……どうして、シルキー様なんでしょう?この保護猫施設にはシルキー様以外にもたくさんの魅力的な猫様たちがいます。貴族が好む純血種の猫様もいます。それなのに、なぜ混血種のシルキー様なのでしょうか。確かにシルキー様はとても気品があって、美形なお顔をなされています。ですが……。ですが……。」
シルキー様が幸せになれるように願っていた。大切なご家族の元でシルキー様が家族の一員として過ごすのを願っていた。それは事実だ。
だけれども、アンナライラ様の家だと知って、なぜ私が一番大好きなシルキー様が選ばれたのだろうか。考えすぎかもしれないけれど、なぜかアンナライラ様の策略なのではないかと感じてしまう。
「あなたは、シルキーが一番のお気に入りですものね。でも、シルキーはここにいるよりも家族として迎えてくれるお家に行った方が幸せにすごせると思うわ。」
ナーガさんは私に諭すように言う。
ナーガさんの言う事はわかっている。
だけれども、シルキー様の里親候補がアンナライラの家だなんてとてもではないけれど受け入れることができない。私にはアンナライラが何かを企んでいるとしか思えないのだ。
「……私に呪われたと言っているのがナンクルナーイ男爵家のご令嬢なんです。」
「まあ……。そう言えば、ナンクルナーイ男爵はとても不思議なことをおっしゃっていたわね。」
ナーガさんは私の告白に驚いて目を丸くした。
「どんなことですか?」
「ええ。ナンクルナーイ男爵のご令嬢がシルキーのことを気に入って家族として迎え入れたいと言っていたらしいのだけれども、シルキーを見たことがないのに容姿も名前もピッタリ当てた。とか言っていたわ。」
「……え?シルキー様をご覧になる前に、シルキー様の容姿を当て、指定してきたというのですか?しかも、シルキー様の名前まで知っていた、と?」
「そうなのよね。とても不思議だったのだけれども、それもご縁なのかしら?と思っていたのよ。ほら、ご縁のある人の方がその子を大事にしてくださるから。でも、マリアちゃんを苛めるような訳ありの男爵令嬢だと話は別ね。なにか、企んでいる可能性があるわ。」
ナーガさんは真剣な表情で頷いている。
「シルキーのトライアルは延期するようにナンクルナーイ男爵と調整するわ。ナンクルナーイ男爵家についてもっと詳細に調査してみるわ。」
ナーガさんはシルキー様のトライアルを延期してくださった。延期している間にナンクルナーイ男爵家について調べてくれるとのことだ。
私はホッと息をついた。
「……私の可愛いマリアちゃんを陥れようとするなんて許せないわ。」
去り際にナーガさんが何か呟いたようだったが、私には聞き取ることができなかった。
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