第6話



「モモ様……私を癒やしてくださいませっ。」


 私は学園からまっすぐと保護猫施設に足を運んだ。


 保護猫施設に入ってすぐに目に入ったのはモモ様だった。可愛らしい前足でちょこんと私の手に触れる。それだけでもう私にとっては癒やしだ。


 可愛らしいモモ様をそっと抱き上げて暖かい身体に顔を埋める。


「すーはー……すーはー……。」


 モモ様の匂いを確かめるようにふわふわな毛の海に顔を埋めて深呼吸を繰り返す。


「あら。また何かあったのかしら?」


 私がモモ様に癒やしてもらっていると、ユリアさんが私に声をかけてきた。この時間に私がいるのが珍しいので、すぐに何かあったのだと感じたようだ。


「あ、おはようございます。」


「おはよう。目が真っ赤よ?泣いたの?……マリアちゃんを泣かせるなんて許せないわね。」


 ユリアさんは眉を顰める。


「あ……学園を追い出されてしまって……。そんなに学園生活に未練はなかったですが、やはりちょっと……。」


 学園に未練はない。親しい友達もいなかったし。でも、誰も味方してくれなかったのは少し辛かった。相手がユースフェリア王子だったから誰も味方してくれなかったのだとは思っているけれど。


「そう……。それは大変だったわね。でも、あなたにはここがあるわ。ここにはたくさんの出会いがあるわ。マリアちゃんに相応しい出会いも学園ではなく、きっとここにあるわ。」


「……ありがとうございます。」


 ユリアさんはどこか独特な言い回しをする。確かにここにはたくさんの猫様との出会いがある。どの猫様との出会いも貴重で大切なものだ。


「そうそう。今日は珍しくナーガ様がいらっしゃるわ。学園から追い出されてしまったこと、ナーガ様にもお話なさい。きっとナーガ様がなんとかしてくださるから。」


「まあ。ナーガさんが……。泣いてられないですね。」


 ナーガさんはこの保護猫施設の長であり、開設者でもある。行動力も発言力も大きい方だと聞いている。そして、お母様のように優しく暖かく私を包み込んでくれるような方でもある。


「……ナーガ様は泣きはらしたマリアちゃんも可愛いといいかねないけれどね。」


 私がユリアさんと話していると、モモ様がそろそろ降ろしてと手足をばたつかせて催促してくる。モモ様は長い間だっこされていることが苦手なのだ。


「あ、ごめんね。今降ろしてあげるからね。」


 私はモモ様をゆっくりと床に降ろすと、モモ様の頭を優しく撫でた。


「にゃあ。」


 モモ様は一声だけ鳴くと、そそくさと部屋の奥に向かっていった。


「……にゃあ。」


 モモ様と入れ替わりに珍しくブチ様がそばにやってくる。本当に珍しい。ブチ様の方から触れられる距離までやってくるとは。


「ブチ様……。私は嬉しくなって目がうるうるとしてきてしまう。」


 ブチ様は私に近づいてくるが、目前でふいっとそっぽを向く。そして、長い尻尾で私の足をぱしぱしとゆっくり叩く。


 そんなブチ様の姿がなんだか私を慰めているように感じて私は耐えきれずに涙を溢してしまった。


「あらあら。ブチもマリアちゃんのことが大好きなのね。うふふ。よかったわね。マリアちゃん。きっと近いうちにブチを撫でることができるわよ。」


 ユリアさんはそう言ってにこやかに笑った。


「ええ。そうだといいんですけど。このブチ様の連れない感じも私は好きなんです。ブチ様もどことなく気品に溢れているんですよね。なんか猫様なんですけど一匹狼を気取っているような感じもします。そんな連れないブチ様も私は大好きですっ!」


 ブチ様に触れるかもしれないと思ったら、少し元気が出てきた。嫌われているかと思っていたブチ様に触れる機会がある。それはとてつもなく嬉しいことだった。


「うふふ。嬉しそうね。マリアちゃんは泣き顔よりも笑顔が似合うわ。だからずっとここにいていいのよ。ブチも貴女が側にいると嬉しそうだし、モモもシルバーグレイも他の猫もみんなマリアちゃんのことが大好きなんだから。」


「あら?なんのお話かしら?」


 私とユリアさんの会話に今度は女性の声がかけられた。ここの長であるナーガさんだ。


 ナーガさんは豊かな金色の髪を後ろで一つに縛っている。それでも女性としての魅力をあますことなく振りまいている。


「ナーガ様。マリアちゃんが例のばか王子に学園から追い出されたそうなんです。それで落ち込んでいたマリアちゃんを、あのブチが慰めようとしていたんですよ。」


「あっ……。ユリアさん。」


 ユリアさんはさらりと私のことをナーガさんに告げた。


 まあ、隠していたって学園のある日中に保護猫施設にいるのだもの。すぐにわかってしまうけれど。


「まあ。本当にどうしょうもない子ね。学園長もあの子の言いなりなのかしら?」


 ナーガさんは綺麗な眉を顰めた。


 ナーガさんの言葉はどこか引っかかる。


「あ、いえ……。学園長に伝わる前に出てきました。学園長から追放すると言われる前に、自分から出て行った方がまだ気が楽だと思いまして……。」


「まあ。マリアちゃんは行動力があるわね。私、マリアちゃんのことはとっても気に入っているの。私の息子のお嫁さんに欲しいくらい。マリアちゃんがあの子の婚約者だってきいて内心ガッカリしてたのよ。でも、それもなくなったんだもの。ねぇ、マリアちゃん。私の息子のお嫁さんになってくれるかしら?そうしたら、いつでも……朝も昼も夜も、ずっとずっと好きなだけここで過ごして良いわよ。」


 ナーガさんの息子さんと結婚する気はないけれど、ここに好きなだけずっといることが出来るのはとても魅力的だ。


 可愛い猫様たちに囲まれてずっと過ごす。なんて素敵なことなんでしょう。

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