第14話


「次はあなたの番よ」

 聞くつもりなんてなかったのに、私はそう言っていた。

「ボクに話せるのは、ボクの話しかないんだ。少し退屈だけれどそれでいい?」

 そう言う彼女に既に嫌な予感がしつつ、私は金色のジンジャーエールが美味しくて思わず肯く。彼女もオランジーナを一口飲んで躊躇することなく話し始める。

「始まりはボクがちょうど小学校の六年になったころ――ボクとボクの家族は街の中心から少し離れた住宅街に住んでいたんだ。そのあたりは大きい家が多くて、ボクの家もそうだった。だからちゃんとした勉強部屋なんかも持っていて、ボクは一人っ子だったから、両親とは離れて一人でその部屋で寝ていたんだ。ある夜、正確な日付も覚えてるけどそれはいいよね。その夜、ボクは夜中に何かの気配を感じて目が覚めて、すると窓の外に目を開けられないほど眩しく光る何かを見たんだ。そしてそのまま意識を失った。不思議体験というのかな。翌朝、両親に聞いてもそんなもの見てないって言うし、近所の人達にさりげなく聞いてもみんな知らなかった。ボクはきっと夢でも見たんだろうと思ったけど、それから毎晩その光を見るようになって両親に再び相談したら、それはたぶん中学受験のストレスだっていうけど、ボクは成績が良くて、勉強が好きだったからストレスなんてあるはずがなくて、病院に行ったら今度は全然関係の無い初潮のことなんて聞かれるし、誰も頼りにならないと思った」

 彼女も私を真似たのか一息に話した。

「それであなたはどうしたの?」

 彼女が目で促すので私は望まれるまま質問した。

「ボクに出来ることなんて何もなかった。でもボクに何が起こってるかは分かったんだ」

 彼女は再び言葉を止めて、私の反応を見る。予感は当たっていた。でも今さら話を変えてくれとも言えない。食事も運ばれてこない。しかたなく私は彼女が欲している合いの手を入れる。

「分かったの? 本当に?」

 彼女は自信を持って肯いた。

「ボクは普段はほとんどテレビを見ないんだけど、その日はたまたま何もすることがなくて、リビングでテレビをぼんやり見ていたんだ。たぶんBSかNHKのドキュメンタリー番組だと思うんだけど、そこにボクが体験したことと同じことを言う人がいた。その人はテキサスの砂漠に近い街に住んでいる女性で、ボクと同じくらいの年齢の時に謎の光を毎晩見ていた。それでボクと同じように誰も周りの人が信用してくれなくて、その人は精神病院にまで入れられたんだけど、ある時に面会に来た母親と取っ組み合いの喧嘩をして、それで頭から壁にぶつかったら耳から電子チップのようなものが出てきて、それで全てを思い出したんだって」

 彼女はまた言葉を止めて私の反応を見た。少々面倒だ。これならまだ統合失調症の双子の話の方がよかった。でも話を進めるにはしかたない。

「全てを思い出した?」

 彼女は満足そうに肯く。

「全てを思い出したんだ。そのチップは宇宙人が彼女に埋め込んだもので、記憶を操作していた」

「宇宙人?」

 私は意外だという声をだす。

「彼女が見た光の球は宇宙人の乗ったUFOで、彼女はその宇宙人に攫われていたんだよ」

「宇宙人に? 何のために?」

「宇宙人は、彼女の体を使って人体実験をしていたんだ。宇宙人は地球を侵略するために、自分たちの体を地球に適合させる必要があった。そのための人体実験だよ」

「でもあなたもそうだとは限らないわ」

「ボクが目覚めると、ボクが知らないアザや傷が体に出来てることがあった。それも新しい傷だよ。性器が汚されていることもあった。いつもあった。だから間違いない」

「――それで?」

「それを知ってボクに出来ることと言えば逃げることぐらい。ボクは奴らから逃げた。同時にこの星の人間からも逃げなくちゃならなくなった」

「さっきのエイリアンハンターがそうなの?」

 彼女は私が話についてきていることが嬉しいらしく、何度も肯く。

「ボクの体には既に奴らの血が半分入っている。ボクはもうこの星の人間じゃなくなってる。奴らだけじゃなく、この星の奴らもボクを実験材料にしようとしてる。だからボクは逃げた。逃げて君のいる団地に辿り着いた」

 彼女はそこで口を閉じた。少し待ってみたが、それ以上の話はないようだ。彼女は大きく息を吐き出すと、オランジーナを飲み干した。私もジンジャーエールを飲み干した。ギャルソンを呼んでお代わりを注文した。

「それ、本当にあなたの話?」

 彼女が語ったのは絶賛公開中の映画のストーリーにそっくりで、私もそれとよく似たストーリーを知っていて、それはまだテレビなんかでは当然放送なんてしてなくて私はまだ見てないけど、たぶん私が知っているストーリーの方が正しい気がする。

 彼女は微笑み、悪戯っ子のように舌を出す。

「実は違うの。やっぱり分かっちゃった?」

 私は自分のことは棚に上げ、肩をすくめる。

「でも食事の前だから、このぐらいでちょうどいいでしょ」

「かもね」

 彼女だけじゃなく、店の客全員も一緒に笑う。

 ――気持ち悪い。

 ギャルソンが料理を運んで来た。

 彼女と私は黙々と料理を食べた。久しぶりの外食ということを差し引いても、どの料理もとても美味しかった。彼女の表情を見ると、私と同じように感じているようだ。私達は食後にギャルソンお勧めのイチジクのタルトとクリームブリュレまで食べた。もうお腹いっぱいだ。

 私は店の壁に掛けられている時計を見た。それを見た彼女が言う。

「そろそろ行かなきゃね」

「そろそろだね」

 彼女が制服のジャケットから黒光りする金属の塊を取り出す。

「指の先からレーザービームが出ないなら、これぐらい必要なんじゃない?」

「どうしたのそれ?」

「団地を探検していたら見つけたの」

 覚醒剤を密売していたという暴力団の忘れものだろうか、私がぼんやりとピストルを見ていたら彼女が言う。

「大丈夫、弾はちゃんと入ってるみたいだから」

 私はピストルを手に取った。見た目よりも軽かった。これなら私でも使えそうだ。

「どうすればいいか――もう分かっているんでしょ?」

 私は肯く。

 ピストルを彼女に向ける。

 彼女の額に狙いを定める。

 彼女は表情を変えず、そんな私を微笑みながら見ている。

 私はピストルをテーブルに置く。

「あなただけが指からレーザービームを出せるわけじゃないんだから」

 私は席を立った。

 彼女は席に残り、私の真似をするように肩を竦めて見せた。

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