第9話

 

 その日はナリアキが来る日だった。私が頼んだコカコーラやファンタや揚げたてのケンタッキーフライドチキンなんかを届けてくれる日だった。

 ナリアキは来なかった。

 朝からどこにも出かけず、部屋の中でインターフォンが鳴るのを待っていたがナリアキは来なかった。インターフォンが壊れているのではないかと、表へ出て試してみたがインターフォンはちゃんと鳴った。何かあったときのためにスマートフォンの電源も入れっぱなしにしていたが、例の〈死ね〉〈とにかく死ね〉〈絶対に死ね〉などというタイトルのメールが二時間おきに届いただけだった。固定電話は鳴ることもなかった。

 夕方、珍しく散歩に出ていた祖父から、団地の中で誰かが死んだと聞いた。誰が死んだのかと聞いても、祖父は首を傾げるばかりでハッキリしない。まさかあの老人達の中の誰かだろうか? 私は今日は窓の外をずっと見ていて、いつかのように警察や救急車が来てないのは知っている。たぶんまた妄想の中の出来事だろう。それともまさかあの耳の持ち主でも発見したのだろうか?

 私はお腹を空かせた祖父に食事を作り、私は何も食べずにナリアキとケンタッキーフライドチキンを待つことにした。

 祖父が風呂を終え、布団に入って寝息をたててもナリアキは来なかった。

 ナリアキが来たら、あの三号棟の少女のことを話そうと思っていたのに、刑事がこの団地にバラバラ殺人の犯人を捜しに来た話もしようと思ったのに、ナリアキはきっと少女が宇宙人で地球人の実験材料を探して私がターゲットになったんだなんて冗談を言って私を驚かして、私が不機嫌な顔をして、でも二人でケンタッキーフライドチキンをコカコーラで流し込みながら笑い合うなんていうことはもうないのだろうか?

 あんなことがあったから私からナリアキに連絡しにくい。もしかしたら、ナリアキはここに来るまでに事故にでもあったのかもしれない。そういえば春先に上級生がバイク事故で死んだことがあった。酔っ払い運転のトラックに巻き込まれて体がミンチになった。悪い想像が頭の中に次から次へと渦巻く。それでもどうしても私はスマートフォンの通話のボタンを押すことが出来ない。私はナリアキに嫌われてしまったのかもしれない。


 カーテンを開けると、またあの少女が私を見ていた。今日こそは文句を言わなければならない。私は回れ右して玄関に向かうとコンバースのスニーカーに足を突っ込んで三号棟に向かった。

 もし本当に彼女が本当に例の猟奇殺人犯だったら?

 だとしても、知ったことじゃない。

 五階分の階段を駆け下り、ひび割れから背の高い雑草が生えたアスファルトの道路を三段跳びの選手のように跳ねて渡り、五階プラス一階分の階段を一気に駆け上がった。しばらく運動というものをしていなかった私は息が切れた。心臓が口から出そうだった。

 目の前の錆びて重そうな鋼鉄製の扉を押す。最初はびくともしなかったけど、それでも全体重をかけて押すと、金属の擦れる嫌な音がしてどうにか開いた。

 この団地に来て、屋上に出たのは初めてだった。意外と広いなというのが感想だ。そこからはこの団地全体だけでなく、街の明かりまで見渡すことが出来た。

 夜は風が吹いていて気持ちがいい。

 私は息を整えながら改めて屋上全体を眺めた。

 あの少女はどこにもいなかった。

 アンテナやエアコンの室外機の影に隠れてるのかと思ってのぞいてみても、そんなところにはいなかった。

 私が来るまでに部屋に戻ったのだろうか?

 それとも宇宙船に戻ったのだろうか?

 私は怒っていたことも忘れ、一人笑った。

 私は彼女が立っていた場所に移動し、そこから彼女と同じように私がいた部屋を見てみた。

 開いたガラス扉に人影があった。私がまだそこに立っているように見えて、目を擦りもう一度よく見た。

 祖父だった。祖父が起き出してきたのだ。祖父が私に向かって手を振った。私も振り返した。


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