第6話

 

 ナリアキは私が作った料理を今日も褒めてくれる。

「サヤにこんな才能があるって知らなかったな、本当に美味しいよ、ねえ、キョウイチさんもそう思うでしょ?」

 テーブルに並んでいるのは冷凍カレイの煮付けに、ほうれん草のおひたし、乾燥ワカメと豆腐の味噌汁、それとライス。食べ盛りのナリアキのために昨日の残りの肉じゃがも温め直して置いている。

 どこから見ても老人向けのメニューでナリアキの好みとは思えなかったけど、嘘でもほめられると少しは嬉しいものだ。

 料理はこの団地に来てから初めて作った。テレビの料理番組を見て、そのまま覚えて作った。二人が少しでも本当に美味しいと感じてくれているのなら、それは私が細部の違いもなく、そのレシピと手順を守って作ったからだろう。私にオリジナリティなんてものがなかったからだろう。

 今日の祖父はカンフーマスターだ。

「若者よ、考えるんじゃない、感じるんじゃ」

 祖父は私が骨を取ったカレイの身を口に入れながら、どこかで聞いたことのあるセリフを話した。そして時折、ありもしない長いアゴ髭をさする仕種も加える。

「了解です。お師匠様」

 ナリアキは味噌汁を飲みながら、それに恭しく答えた。ナリアキは今日もうまく話を合わせてくれている。祖父はとても楽しそうだ。

「それじゃ、この攻撃をかわしてみい」

 唐突に祖父が茶碗を持ったまま、手に持った箸をナリアキに向けて突き出す。私は焦ったが、老人の腕のスピードなので、ナリアキは楽々とそれをかわす。箸を突き出したと同時に祖父が手から落とした茶碗まで救出する。私は思わず拍手する。

 このままではテーブルの上が無茶苦茶になりそうなので注意しようとすると、ナリアキが私にだけ分かるように小さく首を振ったので、そのまましばらく見ていることにした。

 子供のように祖父が笑い声をあげる。祖父がこんなふうに笑ったのを見たのは、ここに来てから初めてかもしれない。素直にナリアキに感謝。

 今日もナリアキはケーキを買ってきてくれた。フルーツタルトだ。祖父は食後にそれをペロリと平らげると、椅子に座ったまま寝てしまった。あまりに突然に首をうなだれて眠ってしまったので、心臓麻痺でも起こして死んでしまったのかと心配したけど、息はしているようだし、口元に耳を近づけると「ヤッ、イー、サン、セーッ、アチョー!」カンフーマスターの寝言を呟いていたから安心した。はしゃぎすぎて疲れたのだろう。私はナリアキに向かって肩をすくめてみせた。

 私はテーブルのティーカップを手に取って、紅茶を一口飲み、一仕事終えたような息を吐いてから、ナリアキに聞いた。

「それで今日は何の用事があってきたの?」

 責めていると思われないように、わざとノンビリした口調で聞いた。ナリアキはいつも必ず事前に連絡してからここに来るのに、今日は夕食前にめったに鳴らないインターフォンがなったかと思うと、扉の向こうにナリアキが立っていて驚いた。私はまだナリアキに買い物は頼んでなかったし、今日はずっと部屋にいたけどナリアキから遊びに来るという連絡もなかった。

「うーん、何というか、まあね――困ったなあ」

 ナリアキは本当に困った顔をする。私に言いにくいことなのだろうか?

 ナリアキのことは中等部から顔と名前ぐらいは知っていて、こうして友達になったのは高等部になってからだ。私は人見知りで人と波長を合わせるのが苦手なコミュニケーション難ありタイプだったけど、ナリアキとは初めて話した時から不思議に自分のままで話すことが出来た。ナリアキは私と正反対のタイプなのに、なぜか私と同じようなことを言っていた。それは私がそんな事を言う前だったから、ナリアキに超能力がないかぎり、私に合わせたということはないはず、ないはずだ。

 私達はこれまで思ったことは気軽に何でも言い合う関係だった。こんなことは初めてだった。

 私はナリアキが口を開くのを、少し緊張しながら待つ。

「何というか――聞いてもらいたい話があってね――」

 ナリアキが声のトーンを落とした。再びの沈黙。

 私のほうが先に緊張に耐えられなくなる。

「何? またUFOの話とか?」

 私はとりあえず頭に浮かんだことを必要以上に軽い調子で話した。どうして私のとりあえずがまたUFOなのかは分からないけど、そう口に出てしまった。

 ナリアキがそんな私を見て露骨にホッとした、重圧から解放されたような顔をする。

「UFOか――そうだUFOの話があったよね。UFOの話があったんだ。そうだった、そうだよ」

 私に合わせたのか、話すトーンも明るく。

「そう、そのUFOの話なんだけどね――」

 ナリアキがいつものイタズラな顔に戻って言葉を止めた。さっきとは重さが全然違う沈黙に、私は自分の反省もこめて溜息をついた。

「これは僕らが思っているよりもシリアスな事態になっているかもしれない」

 ナリアキが言う「僕ら」には私も入っているのだろうか? ナリアキが深刻そうな口ぶりでそう言っても、とにかく今の空気ではそれは全然シリアスに聞こえない。

「街で今、連続のバラバラ殺人事件が起こっているのは知ってるだろ?」

 以前の私なら首を横に振っているところだけど、今は食事の時なんかに祖父と一緒にテレビを見ているので、ナリアキの言いたい事件のことは知っていた。

「体のパーツがどこか無くなってるというアレでしょ?」

 予想外に私が知っていたことがうれしかったらしく、ナリアキは二度肯いた。確か、新たなバラバラ死体が見つかる度に、ピースが欠けたジグソーパズルのように体の一部が発見できないのだ。あるときは左の眼球だったり、右の肺だったり、心臓だったり、子宮だったり。聞くからに猟奇的な事件だったので、マスコミは視聴率を見こんで私の目に止まるほど大々的に報道していた。

「でもそれがUFOと何の関係があるの?」

 まさかナリアキはそれがUFOに乗ってやってきた宇宙人の仕業だとか何とか言うつもりなのだろうか? まさか本気で?

「エリア51」

 ナリアキが答える前に、祖父がむくりと顔をあげて言った。ナリアキと私は祖父を見て、それから顔を見合わせた。祖父はいつから起きていたのだろう?

「エリア51で宇宙人による人体実験が行われているんだよ。私はずっと潜入捜査を続けていたから知っているんだ。宇宙人と軍の奴らは、攫ってきた人間を使って、火星に移住できる人類を作ろうとしている。そこで新たな国家を作って、地球ごと俺達を滅ぼそうとしている。私はもう騙されんぞ、君達も死にたくなかったら立ち上がるんだ、立ち上がれ人民よ!」

 祖父が拳を振り上げ、勢いよく椅子から立ち上がる。ナリアキと私は祖父を見上げ――沈黙。

 そして顔を再び見合わせ笑った。祖父には悪いが笑ってしまった。私がこうして笑うのもいつ以来のことだろう、思い出せるような記憶は私の中に残っていない。

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