十六

 そこからはひたすら散策を繰り返した。おもに森の中を探しながら、ひらけた場所に出れば、向日葵畑らしきものがあるのか確認する。そんなことを繰り返した。

 していることだけとりだせば、昨日とさほど変わりはなかったものの、隣に同年代の少女(の外見をした神様?)がいると、大分、印象も変わった。

 有体に言えば、なんとなく気が楽になった。

 マツの隣について行きつつ、いつもこのコースを歩くんですか、と尋ねれば、二本目のソーダアイスに取りかかっていたマツが、首を横に振った。

「それでは新鮮さがないからね。色々です。色々」

 やはり、本人が事前に言ったように、どこに行くのも気の向くまま、といった感じなのだろう。逆にその無目的性に、白は早くも焦りをおぼえはじめている。こんな調子では一週間など、すぐに無くなってしまうのではないのか、と。

「短気は損気、ですよ」

 その心情を察したのか、あるいは心でも読んでいるのか。マツから穏やかな声がかけられる。もちろん、白としても焦ったところでどうなるものでもない、と理解してはいる。だからといって、逸る気持ちを抑えるのは難しい。

 少女は微笑んだまま、白の頬に人差し指を当てた。

「大丈夫です。きっと、ね」

 具体的な展望を示されたわけでは決してない。しかしながら、なんとなく気分が軽くなった。

 

 宛もなく何時間か歩き続けた。その間、いくつか向日葵が生えている場所を見つけはしたものの、いまいちしっくり来ない。

 まず、道の両側が向日葵畑であるという地点が、この土地においてもそれなりに珍しい。その珍しいところにおいても、生え方などがどうにもしっくりこない。そもそも、記憶の中と同じ時ではないうえに、年月が経って多少の地形変化があったかもしれない以上、白の求めているもの自体があまりにも曖昧であり、無茶だというのは承知の上ではあった。

 まるで霧の中をさまよっているみたいだ。探しはじめてから、ずっとおぼえつづけていた実感がより強まる。隣にいるマツに聞いてみても、わからない、と首を横に振るばかり。この夏において、今までともっとも大きな変化であるところの女性の存在も、すぐさま結果をもたらしてくれるわけではないらしい、とほんの少しだけ落胆した。


 そんな調子で五つ目くらいの向日葵畑に挟まれた道に到達したところで、白とマツは幾度目かの休憩をとった。

 時刻としては夕方に差し掛かりつつあったが、夏らしくまだまだ日は高い。

 件の道から少し離れたところにある大樹の下に腰を下ろす。白は持ってきたペットボトルに口をつけながら、大分温くなったな、と感じる。隣を見やれば、マツが三本目のアイスをクーラーボックスから取り出しているところだった。

「これで最後ですか。大事に食べたいところですが、氷菓である以上、溶けないうちに食べないと」

 いつになく深刻な顔をしながら、しようもないことを呟いていた。いや、もしかしたら、白のような凡人には理解しがたい遠大な考えがあるのかもしれなかったし、よしんばそうでなくとも、マツ本人にとってはアイスが溶けてなくなってしまうことほど重要な命題はないのかもしれなかったが。とはいえ、灼熱の中をともに付き合っているもらっている身である以上、アイスがなにより重要、という気持ちも実感として迫ってくるものではあったのだが。

 今日はもうそろそろ、アガりにするか。程なくして、そう決断する。無理をし過ぎても明日以降に差し支えかねない。加えて、マツにはあくまでも付き合ってもらっているかたちであり、無理をさせるわけにもいかない。

「マツさん」

「今、忙しいから後にしてくれないかな」

 ……本気で苛立った様子で、アイスの棒を握っていたので、もう少ししたら声をかけようと決め、すみません、と謝罪してから幹に体重をかける。思いのほか、木肌に熱がこもっていて、むずむずした。

「こんなとこで、なにしてるのさ」

 聞き覚えのある声に顔を上げれば、スーツ姿の鹿子が胡乱げな眼差しを向けてきていた。仕事帰りだろうか?

「えっと」

「言わないでも良いよ。シロ坊のやってることなんて、一つしかないしね」

 聞いたあたしが馬鹿だった。無表情で言い捨ててから、悪かったね、と謝る。なぜだか、悔しくなった。

「悪かったね。単純で」

「なに怒ってんのさ」

 鹿子の顔に変化はなかったが、白はどことなく馬鹿にするような意味合いを察する。それ自体はいつもと同じだったが、今日この瞬間にかぎっては無性に癇に障った。疲れているのかもしれない。

「別に」

「そういうところが怒ってるって言ってんの」

 ガキだね。従姉の言い草に腹を立てつつも、そういうところがガキなんだろうな、と自覚する。なんとか、気分を落ち着かせようと、温い飲料を口につけた。いつも通りとまではいかなくとも、多少は心を静めなくてはと。

「あなた」

 不意に、低い女の声が場に響く。ギョッとして振り向けば、アイスの棒を握ったマツが、いつになく表情を消したまま、鹿子を見ていた。

 従姉は制服の女の存在に今気付いたらしく、目を瞬かせてから、

「なに、あんた」

 辛うじて絞りだしたという風な戸惑いを言の葉にする。対するマツは、陽光を背にして、顔色ひとつ変えないまま、

「そのままだと後悔しますよ」

 淡々と呟くように言う。どことなく、予言じみていた。

「なんのこと」

 白にとって意外だったのは、鹿子が、痛いところを突かれた、とでもいうように、眉を顰めたことだった。マツはあくまでも静かに、

「心当たりはあるでしょう?」

 そう告げるのみで、具体的な事柄は口にしない。途端に、歯噛みした従姉は、くだらない、と捨て台詞を吐いて、踵を返す。

「鹿子姉?」

「帰る」

 酷く気分を害した、とでも言わんばかりに刺々しく応じた従姉は数歩進んでから、ゆったりとした動作で、おずおずとふり向いた。

「シロ」

「なに」

 先程のこともあって、緊張しながら応じると、

「さっきはあたしの態度も悪かった。ごめん」

 それだけ、と付け加えて告げ、今度こそ帰路に着く。どことなく不承不承という感じでこそあったものの、鹿子に謝られたのなんて、何年ぶりだろうか? とはいえ、今は、

「マツさん」

「なにかな」

 自称神は、先程までの能面が嘘のように、ニコニコとしている。ほんの少しだけ不気味だった。

「鹿子姉……さっきの女の人の」

「別に言い直さなくてもいいですよ。知ってるから」

 神ですので。小さく胸を張る女に、白は、いてもたってもいられず、

「鹿子姉にいった、後悔、ってなんのことですか?」

 おそらく答えは返ってこないだろう。理解しつつも、尋ねずにはいられなかった。

「う~ん、そこはあの個人の問題だから、わたしの口からはなんとも」

 案の定、マツは答えてくれない。そりゃそうだよな、と納得する白の前で、自称神は、なんてね、とほのかに笑う。

「実のところ、よくわかってないのかも」

 どことなく謎めいた風にそう告げてから、

「どっちかといえば、なんとなく、の方が強いかも。このまま行くと、あの娘にとって良くないな、って感じたってだけで」

 わかるようなわからないような物言いをした。

「それは、人の心は神様にもわからないってことですか?」

 そも、ろくに神を信じているのかもわからないにもかかわらず、思わず聞いてしまう。試すような物言いをしてしまったのを小さく悔いる白に、さあどうでしょう、といたずらっぽく笑ったマツは、

「今日はこのぐらいにしておきましょうか。白君もそう思ってたんでしょう?」

 夕日の下で心を読んだような物言いを口にした。

 




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