ブラックコーヒーに杏仁豆腐を添えて

 少しの沈黙があって、コーヒーを啜る音が聞こえた。そして。


「悪いが、その気持ちには応えられない」


 いつもと変わらない声が私の心を貫いた。


「前に告白されたとき、どう答えたらいいかずっと考えていた。考えていたら時間が経って、もう卒業間近に。すまなかった」


 先生が謝ることじゃない。謝らないで。


「この三年間、毎日車で送迎をして、正直とても楽しかった。だけど、やっぱり君は生徒であることには変わりがなかった。だから、気持ちに応えることはできない」


 キッパリとした言い方。どんだけ振り慣れてるんだよと悪態がついて出てしまうほど。


「少し落ち着いたら帰ろう。コーヒーが飲めないなら無理して飲まないでも──」


 目の前に杏仁豆腐が置かれる。


「先生。それ以上は野暮ってもんだよ。麻衣ちゃんはオレが責任もって送っていくから、先生は先に帰ってな」


 後ろから聞こえるマスターの低くも優しい声色に、目頭が熱くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る