ホットコーヒー

 目の前に出されたのは、ホットコーヒー二つ。


「麻衣ちゃん、本当に大丈夫かい?」


「大丈夫です。もう、決めましたから」


 心配そうな様子で私の目をのぞき込む店長にハッキリと伝えるも、私は先生の涼しげな顔しか見ることができなかった。


「じ、じゃあ、ごゆっくり」


 私の決意を感じ取ったのか、店長はそれ以上何も言わずにカウンターの奥へと消えていった。幸いにも店内には今、私達以外誰もいない。


「コーヒー飲めるようになったの?」


 先生は湯気の出ているコーヒーカップを持つと、表情を変えることなく聞いてきた。


「飲めません……だけど」


 私もコーヒーカップを持つと、何度か息を吹きかけてその黒い液体を口に含んだ。熱さとともに苦味が襲ってくる。


 ってか、うわっ、苦っ!


「……飲めるようになります」


 先生は穏やかな顔のまま美味しそうにコーヒーを飲んだ。


「別に無理しなくてもいいと思うんだけど」


「いやです。無理してません」


 少しでも、先生に近づくために──。そんなことは言えなかった。だけど、これだけは言わなきゃいけない。


「先生」


 顔を上げて。真っ直ぐに先生を見つめて。


「私、ここに初めて連れてきてもらったとき、ちょっと落ち込んでいたんです」


 私の真剣さに気づいたのか、先生はコーヒーカップをテーブルの上に戻すと、綺麗な黒い瞳をわずかに下ろした。

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