他の人の席に

 先生に心の中を悟られないようにいつもと変わらない振りをして車に乗り込んだ。振動したスマホを開くと、舞からメッセージが届いていた。


『絶対告白するんだよ!』


 そう言われても、舞が無理矢理二人きりにしようとするからぎこちない感じになっちゃったんだけど……。


 こんなことなら、むしろ教室で話を聞かれていた方が勢いに乗って告白できたかもしれない。


「どうした? ため息なんかついて。さっきなんか言われたのか?」


「い、いえ、なんでもないです!」


 またバレてしまった。気がつかない間にため息をついてしまったなんて……。


 ちょっとした変化に気づいてくれるのがいつもは嬉しいんだけど、今は別だった。


「そうか。もうすぐ卒業だからな。何もないなら別にいいが」


 何もあります。たくさん。言いたいこと、伝えたいことはいっぱいあるんだから。


 窓から流れる景色は見慣れたもので。だけどきっともう見られなくなる。


「……ねえ、先生」


「うん?」


 いつものようにちょっとくぐもった返事も。スピーカーから流れるBGMも。


「先生は私が卒業したらどうするんですか?」


「どうって……」


「先生は、先生だからさ、また新しい生徒を車に乗せるんですよね」


 ──あっ、これは意地悪な質問だ。


 だけどわかってるんだ。私は、ウチの学校が新しく始めたシステムのおかげで普通の高校生活を送れたんだってこと。


 私が卒業すれば、自然と次の足の不自由な新入生が期待と不安を胸にココへ通うことになる。先生と一緒に。


「……そうだな。まあ、そう、なるよな」


 珍しく歯切れの悪い言い方だった。だけど、それが逆に私の心を少し、ほんの少しだけ締め付けた。新しい子に、先生はどう接するんだろう。


 同じように優しく接するのだろうか。毎日車椅子を押して、送り迎えして、他愛もない話をして、落ち込んでいたらマスターの喫茶店に連れて行くのだろうか。


 ──私と、同じように。


 赤信号で車が止まった。ふと、顔を上げれば、先生はハンドルの奥のホルダーに置いたコーヒーへ手を伸ばす。


 その仕草も、もう……。


 私の席は誰かの席に代わる。ここから見える景色は他の人のものになる。先生の笑顔は違う子に向けられる。


 そんなの……いや、だよ……。


「先生。私、寄りたいところがあるんです」

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