いつもの日常

「おはよう」


「……おはようございます」


 当たり前のように目を見てあいさつしてくる先生。その瞳の奥に何か変化はないかと思って探ってみるけど、いつものクールな微笑みでかわされてしまった。


「そんなに時間ないから行こうか」


「……はい。じゃあ、行ってきます」


 先生は、いつものように後ろに回って車椅子を押した。先生らしいスマートな動きが柔らかくて温かくてとても好きだった。


 車高の高い軽自動車の後ろからスロープを伝い、後部座席の定位置に着く。優しい手付きで後ろのドアが閉められると、先生は運転席に乗り込んでエンジンを起動。緩やかに車は移動し始めた。


 家を出て細い住宅街を抜けて国道に出ると、先生はコンビニのコーヒーを口に運ぶんだ。綺麗な細長い指でスピーカーの音量を上げていく。


 ……あっ、この曲は。


 私の心を読んだようにバックミラーで私の顔を覗き込むと、またコーヒーを口に運んで微笑んだ。


「『浦高』の新曲。もうフルで聴いた?」


 心がきゅっと締め付けられる。けど、なんとか言葉を引き出した。


「いえ、まだです。PVは毎日見てたけど……先生、どうせCDも買ったんでしょ? 一枚ちょうだい!」


 おどけてみせる。いつもの調子で。


「ダメ。自分で買いなさい。その方が売上にも貢献できる」


「はーい」


 そんなちょっと意地悪なところも好き、なんだけど、本当に昨日のことはなかったみたいになってしまっているみたいだ。

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