きっかけ
もうずいぶん馴染んでしまったけれど、最初に先生に会って、この車に乗ったときには、たぶん緊張と不安でいっぱいだったんだ。
冬の始まりみたいな静かな秋空にピッタリのバラードは、私の心を少しタイムスリップさせた。このまま昔を思い返すのもいいかもしれない。
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先生と出会ったのはまだ肌寒い高校の入学式の日だった。式が終わって教室に入ると、クラスのみんなが遠巻きながら物珍しげに私を見ていた。高校で唯一の車椅子登校の私はそれは珍しいだろうと思う。
「おはよう」
そこへ入ってきたのが、先生だ。今と変わらず当たり前のように淡々とあいさつをした先生。そのあとの自己紹介では、そうするのが当然というように私の体を支えて立ち上がらせてくれて、みんなに顔が見えるようにしてくれた。
私は緊張の渦に呑み込まれていたから何を言ったか覚えていない。でも、最初のホームルームが終わった休憩時間には席の近い女の子たちが笑顔で話しかけてくれた。
初対面でありがちな他愛もない話だったと思う。だけど、今でも覚えているのは、今では親友の舞が「同じ名前だね」って言ってくれたこと、そして先生がカッコいいってさっそく話題になったことだ。
帰りは初めて先生の車に乗せてもらった。先生が車椅子を押してくれたときに、ふわっと、ホームルームではわからなかったシトラスの香水の香りがした。
舞たちとの会話を思い出して、心音が跳ねる。こんな先生がこれから毎日私を送り迎えしてくれる。
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車が止まった。信号につかまったんだ。先生はまたコーヒーに手を伸ばした。その手で触れてほしいと思ってしまったのは、きっと浦高のこの歌のせいだ。
たぶん、もうこのときに私は先生のことが好きになっていたんだと思う。最初の頃はだから変に意識して何もしゃべられなかった。話せるようになったきっかけは、そう、先生も私と同じ浦高が好きだってわかってから。
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その日は珍しく車内にBGMが響いていた。そんな変化に気づいたのは後からだけど、曲が切り替わりスピーカーから流れたその歌に私は「あっ」と声を出してしまった。
前の運転席からちょっとくぐもった声が「君も浦高好きなの?」と聞いてきた。それからひとしきり浦高への想いを語り合うと、もうすっかり先生といるときはおしゃべりすることが当たり前になったんだ。
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