第2話

 ぽやぽやした娘だと思った。

 菅沼すがぬまけあきは、四六時中、眠っている。病気で、赤ん坊の頃から、人生のほとんどを夢の中で過ごしてきたという。想像もできない。

 定期的に、無理矢理起こして、世話をするという。口の中に、食べ物をつっこめば、ちゃんと飲み込む。トイレにも、風呂にも、手を引いて連れて行くらしい。されるがまま。まるで、赤ん坊である。職員は何故か、けあきを「しい」と呼ぶ。

 ドアには、「けあき」とあったがと問う。

 職員は目をぱちくりさせて、試しに「けあきさん」と呼ぶ。けあきは、無反応である。次に、「椎さん」と呼ぶ。けあきは、ああとかううとか唸る。

 どうやら、けあきは自分の名前を菅沼椎だと認識しているらしかった。理由はすぐに判明した。

 私が音読を頼まれた本。表紙を開くと、男の子はセダカ君、女の子は椎と読み替えることと但し書きがしてある。

 これは、どれもけあきの父親が書いた本らしい。

 一緒には居られないから、せめて物語を娘にということらしい。

 結局、本が変わっても、これはけあきの両親の話なのだ。作者の名前が、「瀬田薫風せだくんぷう」。読み替えると、「セダカ君」である。

 これは、マズいことになった。

 一つ、けあきの覚醒時間が長くなりつつあること。

 そして、自分の名前が高瀬たかせであること。

 これでは、けあきが自身のことを椎だと思い込んでいるように、私のことをセダカ君だと信じかねない。

 逆に、問いたい。放課後、いつも本を読みにくる男。こいつがセダカ君でなかったとしたら、一体、何者なのか。

 当然のように、私たちは恋仲になった。

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