第6話 私の為ではないから

 いつも通りバスケ部で練習をしていると、市の陸上大会の校内の代表メンバーに選ばれたことを知ったバスケ部の後輩が話しかけてきた。


 妹と同じクラスの4年生のサクラちゃんだ。

 4年生の中では一番うまいと思う。


 生意気な妹の凛ちゃんとはと違い、サクラちゃんは素直でカワイイ。

 どんなアドバイスも『はいっ!』と返事をしてすぐ実践する。

 もっとも、家では生意気な妹の凛ちゃんも外面は良いようで、サクラちゃんにとって凜ちゃんは頭のいい優等生にうつっているらしい。


「らん先輩は、どうしてそんなに足が速いんですか?」


 サクラちゃんは、ここのところハードルの朝練に駆り出されている私を見て、とても足が速いと思ったらしい。

 実際には、クラスで一番足の速い私も学年で見ればさほど早い方ではなかった。

 せいぜい、女子で5、6番目だろう。

 本当の速い子は、短距離走の50mや100mに振られている。

 80mハードルというのは、そこそこ早い子に練習させて、競技項目に欠員を出さないための間に合わせだったりする。


 私自身もそれは分かっていたのだが、それでも選ばれたからには全力を出すのは当然だろう。

 あわよくば、入賞したい気持ちもある。


「サクラちゃん、私は走る練習はしてないんだ。その代わりにバスケの練習だけは一生懸命やってるよ」


「じゃあ、私もバスケの練習をがんばったら、足が速くなりますか?」


「うんうん。6年生になる頃には私より早くなってるかもね」


 サクラちゃんは、きらきらと目を輝かせながら、気合を入れてコートに走って行った。

 


「蘭ちゃんはうまいこと言うね。私もバスケがんばってるんだけど? 陸上選手には選ばれなかったよ」


「くーちゃん。だって、ホントに私バスケしかやってないんだもん。それに私、短距離は得意だけど、長距離はボロボロだよ?」


「そうなんだよね。ボールを追ってるときはいくらでも走れてるのに、どうしてマラソンだとへばるのよ?」


「知らない。目の前に誰かボールを転がしてよ。そしたら走るよ」

 


 私は、長距離走は苦手だ。

 いつも後ろから数えた方がいいくらいの順位だ。


 バスケの時に走れるのは、それは私の為ではないからだ。

 私のパスを待っているチームメイトがいる。

 私のシュートを期待してくれる仲間がいる。


 だから、私はコートにいる間は苦しくても声を出し、走ると決めた。

 ただ、それだけだ。


「くーちゃん、らんちゃん。試合やるよ早く来てーっ!」


『はーい! キャプテン』


 私たちは、今日もバッシュを鳴らしてコートへ駆けて行く。

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